検視や検案の結果、20人が噴石による即死、35人が多発外傷やショック死などとされ、火山ガス中毒による窒息死は確認されなかったと報告されています(井奈波良一「噴火災害による人的被害の動向」)。
けれども、単なる死因の分類だけでは、「なぜその人は死に至ったのか」「何が生死を分けたのか」については見えてきません。発見場所や損傷などを明らかにし生存者の行動などと照らし合わせて分析すれば、今後の火山災害から命を守る手がかりが見つかるかもしれません。
御嶽山噴火災害に見られた
検証の問題点
しかし報告書によれば、消防・警察・自衛隊・医療機関などがそれぞれ情報を別々に保管し、共有して検証する場がありませんでした。
個別症例の検討も行なわれず、さらに55名の検案のうちCT撮影は1例のみで撮影に至る経緯は不明、解剖は1件も実施されませんでした(事件性はない災害死であるため司法解剖はできず、監察医制度が施行されていない地域のため行政解剖も困難で、調査法解剖も行なわれなかったため)。
『検視官の現場-遺体が語る多死社会・日本のリアル』(山形真紀、中央公論新社)
その結果、火口からの距離や方角等と傷病の内容や、生死を分けた要因など、詳細な検証を加えることはかなわなかったようです(日本災害医学会御嶽山火山噴火災害特別調査委員会「御嶽山火山噴火災害特別調査報告書」)。
さらに近年では、プライバシー保護の観点から、災害死に関する死者情報の公開に慎重な傾向が見られます。
災害死こそできる限り正確に死因を究明し、関係機関が死者の情報を共有・分析できる仕組みが求められます。
御嶽山噴火災害において、本当に火山ガスで亡くなった人はいなかったのか?そうであるなら、それはなぜなのか?死因とは、亡くなった人が命をかけて遺した「最後のメッセージ」です。
私たちは死者のメッセージに耳を澄まし、その「なぜ」を丁寧にすくい上げていかなければなりません。それこそが災害死と向き合い、次の災害で1人でも多くの命を守るための確かな礎となるのです。







