家計を支えるため
中学時代から新聞配達を手伝う
親の方針で中学1年生から高校3年生まで、新聞配達の手伝いも続けました。
理由は、当時、高木家にお金がなかったということ。父も母も朝から晩までずっと働いてくれていて、そのおかげでやりたいスポーツができていたのは、子どもながらにわかっていたので、少しでも力になれればと思い、3人とも文句も言わずに手伝っていました。
ですが、最近、別の理由があったことを母から聞きました。それは子どもたちに、「自然に習慣を身につけさせる」ことでした。
たとえば、勉強や運動は、習慣化したくても、途中で諦めたり、やりたくなくなったりすることが多いと思います。
子どもに毎日同じことを続けさせることは難しいけれど、新聞配達は仕事であり、配らないと人に迷惑をかけてしまうので、結果的に習慣が身につくだろうという意図があったそうです。なので、3人で母の配達エリアを手伝っていました。
新聞配達は、朝6時までに配り終えないといけなかったので、毎日4時半起き。中学時代は、配達が終わったら週2日くらいスケートの早朝練習があったので、そのまま7キロメートル先の練習場まで走って向かっていました。
朝練後は親が迎えに来てくれて、車の中で朝ごはんを食べ、いったん家に戻ってからシャワーを浴びて、学校へ行くという日々でした。何回か寝坊して母や兄に自分の担当分をお願いしたこともありましたが、高校生のときに美帆から「姉(ねえ)、いい加減起きな」と怒られて以来、寝坊はしませんでした。
そのうえに、サッカーやダンスもしていたから、授業中は寝てしまいました(笑)。
でも、この日々のおかげで、練習や努力をやり続ける力がついたと思っています。
お金がなかったにもかかわらず、ミュージックプレーヤーだけは最新のものを兄妹3人に父が買ってくれていました。







