口数の少ない父だったので、頑張れよって言われている気がしてすごく嬉しかったのを覚えていますし、これがあったから大変なトレーニングも続けてこられたのかなとも思います。この頃から私のスポーツ人生には、音楽がずっと隣り合わせにあり、何度も音楽に心を救われてきました。そんなきっかけをくれた父には感謝ですね。

「1カ月毎日ランニング」を達成して
メールアドレスを作ってもらった

 ちなみに、このハードな朝に「1カ月毎日ランニング」が加わった時期もありました。高校生にならないと携帯電話を買ってもらえなかったのだけれど、中学1年生のとき、すでに持っていた友だちと、どうしてもやりとりしたいと親に頼んだら、1カ月間ランニングをサボらなかったら、パソコンから送れるメールアドレスを作ってくれるという話になりました。

 そのために毎朝ランニングを頑張りました。そのときに取得したメールアドレスは、今も使っています(笑)。

『7回転んでも8回起きる』書影7回転んでも8回起きる』(高木菜那、徳間書店)

 幕別町には大きい公園がたくさんあったり、広い河川敷があったり、スポーツをやりやすい環境だったとは思うのですが、父も母もとくにスポーツが得意だったわけではありません。でも、アクティブなエピソードはいろいろあるんです。

 たとえば、アクティブというよりも、ハードな思い出ですが、兄が小学2年生、私が幼稚園の年長、美帆が年少のときに、母と4人で自転車に乗って、家から10キロ先にある父の職場までお弁当を届けに行って、帰り道に私たちもお弁当を食べるというピクニックをしていたんです。

 10キロの往復。しかもこのとき美帆は、まだ補助輪付きの自転車に乗っていて、泣きながらも漕いでいたという、すごいピクニックでした。