今村昌平監督の『復讐するは我にあり』という映画では、最後、死刑になった連続殺人犯の遺骨を山から撒いてしまう衝撃的なシーンがあったが、骨はそのままで砕かれてはいなかった。今、そんなやり方をすれば、大きな問題になることは間違いない。
その後は、「海洋散骨」と称して散骨を請け負う業者も増えてきた。一時は、散骨を禁じる条例を制定するような自治体もあったが、今はそうした話は聞こえてこなくなった。
厚生労働省も、「散骨に関するガイドライン(散骨事業者向け)」を発表している。
役所がガイドブックを作成しているわけだから、自然葬、散骨が合法化されたことは間違いない。
散骨すらしない「0葬」も
日本各地で広がりを見せる
ただ、私が会長をつとめていた間に、ひとつ気になったことがあった。自然葬というと、海や山に撒いた骨が自然に還るというイメージが伴っている。会でもその点を売りにしてきた。
しかし、火葬した骨を撒くわけで、そうした骨は硬くセラミック状になっている。そのため、実際には、そう簡単に自然には還らないのだ。リン酸カルシウムである遺骨は微生物によって短期間で分解されることはない。
粉骨して撒くので、海流によって拡散し、さらに細かくなったりはするが、溶けてなくなるわけではないのである。果たしてそれで自然に還ったと言えるのか、私はそこに疑問を持ったのだ。
私が葬送の自由をすすめる会の会長をつとめていた時代に、「0葬」を提唱したのも、それがあったからだった。自然に還らないのであれば、火葬場に遺骨をすべて引き取ってもらった方がいいのではないか。そう私は考えたのである。
0葬は西日本の火葬場ではいくらでも可能である。書類を1枚書けば、火葬場がすべての遺骨を引き取ってくれる。そうなれば、墓はもちろん、遺骨をどこに安置するかで悩む必要はなくなる。
ただ、私が0葬を提唱した当時、東日本の火葬場で0葬は不可能だった。ところが、その後、東京都にある東京博善が経営する民間の火葬場では、自然葬、散骨の希望者が増えたために、一部だけ引き取れば、後は遺骨を処分してくれるサービスを始めている。
追加の料金を払えば、骨を砕いてもくれる。「ほぼ0葬」が実現したわけである。
全国から集まる遺骨は
広大な納骨堂で保管される
では、火葬場では引き取った残骨をどう処理しているのだろうか。それも気になるところである。
神奈川県横浜市には、曹洞宗の大本山として總持寺がある。この寺が現在地に移ってきたのは明治の終わりの頃で、もとは石川県輪島市にあった。輪島市の總持寺が明治時代の1898年に焼失してしまい、そこで横浜市に移転することになったのだ。
『無縁仏でいい、という選択 墓も、墓じまいも、遺骨も要らない』(島田裕巳、幻冬舎)
元の總持寺の方も「總持寺祖院」として存続した。そこに、自然サイクル保全事業協同組合の手によって「全国火葬場残骨灰諸精霊永代供養塔」が建立された。1999年のことである。
この供養塔には残骨を納めるための納骨堂が併設されている。納骨堂は相当に広いらしい。今、残骨はそこに行くのだ。他にも、こうした供養塔があるようだ。







