何度もひとりで通いましたが、あの若き日の杉田さんの「ライブ」に触れられたことで、より鮨が好きになったと思います。

客の顔色や吐く息まで観察する
魚への愛と人間力が一流を育てる

 卓越した鮨職人はそのライブ感で客を巻き込みながら、常にどうすれば幸せを感じてもらえるかも考えています。

 この店に行くためだけに飛行機に乗る客が多数いて、北海道が誇る鮨店として名を馳せた「鮨一幸」(2024年銀座に移転)の工藤順也さんは、客の顔色や吐く息までを観察して、酢飯の大きさを変えるそうです。

 魚体へのこだわりと軽妙な接客で話題の「鮨 門わき」の門脇賢寿さんは、おまかせコースですが「店が主役になってしまいますから、一斉スタートはやりません」と語り、客がそれぞれの時間、ペースで楽しむことを大事にしています。

 もう全く予約が取れない銀座「鮨 あらい」の新井祐一さんは、鮨屋は結局は人間力であり、いかに笑顔でお迎えしていい食事をしてもらえるかを一番に考えていると、取材の際におっしゃっていました。

 北九州市の戸畑にある「照寿司」はご存じでしょうか。世界を飛び回るほど有名になった、三代目店主の渡邉貴義さんが、掌に握りをのせて、強い目力で差し出すポーズをインスタなどでご覧になったことはあるかもしれません。

 今や多くの鮨職人が真似て世界に広まっています。でもこれは単なるポーズではなく、どうしたら喜んでもらえ、世の中に照寿司を広められるのかを考え続けてこその形です。客がまったく来ない中でもひたすらいい素材を買い続け、頂点を目指したためであり、単に“受ければいい”というパフォーマンスではないのです。

鮨一幸」の工藤さんも二代目として店を良くしようと、20代の頃に7、8年分の給料をほぼ鮨の食べ歩きにつぎ込んで研究したそうです。

 そういった思想と背景を持つ鮨職人は得てして魚オタクであり、魚体を知り抜き、的確な仕事を施された上で差し出される一貫一貫には、いつも高揚します。

旬の鮨ネタが長生きの秘訣であり
四季ごとの味覚を食す贅沢を知る

書影『50歳からの美食入門』(大木淳夫、中央公論新社)『50歳からの美食入門』(大木淳夫、中央公論新社)

 コハダやマグロ、アナゴといった定番以外にも、四季を感じられる鮨ネタがあるのも楽しいところです。

 有名なのは6月から8月の時期だけに出回るコハダの子供であるシンコですが、私が愛しているのはその少し後、7月から9月のわずかな期間に供される新イカです。スミイカの子で、口の中でスッと消えるあの儚さと爽やかさは、思い出すだけでうっとりします。

 どんな食材でも一年中手に入る現代において、ある季節しか決して食べられないものを知っているというのは贅沢なことです。江戸時代には「初物七十五日」といって、旬を迎えたものを食べると、75日寿命が延びると言われていました。来年もこれが食べたい!と思う気持ちも湧きますし、きっと長生きの秘訣でもあると思います。

 いつでも食べられるマグロもきちんと旬があり、季節ごとに意識して味わってみると面白いですよ。ちなみに一番おいしいのは秋の終わりから冬です。アナゴも10~12月が特に旨味を感じられます。