しかし仕事の合間にビジネス以外の話もいろいろ聞くことができたことは、新人にとっては実に得がたい経験だった。

 ある日、二人でいたときにふと「何のために働くのか」と問いかけられた。そこで「自分のためです」と答えると、

「働くのは『自分のため』なんて考え方ではダメです。『会社のため』なんてもっとダメです」と言われた。そこで「井深さんのためです」と言い直すと、「それは一番ダメです」と叱られた。

 井深さんの口癖は「ソニーは国の役に立つために存在するんです」だった。戦後の焼け野原からの復興のために、技術によるモノづくりをはじめた井深さんだから、「国のため」というのはしごく当然の発想だったかもしれない。

 私は戦時中に教育を受けた世代であっても、まだ子どもだったから本当の戦争を直接は知らない。だから井深さんの「国のため」という言葉を少し重く感じていた。

 しかし、「国」を「みんな」とか「より多くの人」と置き換えると納得がいくエピソードがある。

 厚木工場にいた頃、私の部署が井深賞をもらったことがある。テレビ局用放送機器の開発プロジェクトが評価されたのだ。ところが後になって井深さんに言われたのは「本当は君たちに賞をあげたくなかった」というひと言だった。

 理由を尋ねると、次のような質問が来た。

「世界中に放送局はいくつある? 世界中の人口は?」

 当時、地球の人口は約48億人。テレビ局はおよそ2000局。48億人を相手にするのと、最大で2000しかお客がいない製品のどっちをめざすべきか? ということだ。

 そのときは「まあ、儲かったからいいけどな」と冗談めかして言われたが、限られた一部の人たちが使うものより、より多くの人が喜ぶ製品をつくりたいというのが井深さんの本当の気持ちだったのだろう。

 井深さんの「国のため」は、日本だけでなく「みんな=世界中の人々のため」という意味だったのだ。