ハーシュマンによれば、人は組織やサービスに不満を抱いたとき、離脱する(Exit)、意見を述べて改善を求める(Voice)、不満を抱えながら関係を維持する(Loyalty)という3つの選択肢のいずれかを取る。

 かつては、この3つがそれなりに機能していた。不満があれば顧客は声を上げ、企業はそれを受け止めて改善する。それが難しければ、顧客は他社へ移る――といった競争と学習がかろうじて機能していた。

 だが現在、この枠組みは大きく歪んでいる。

カスハラが社会問題化→企業への期待値が下がっていったワケ

 まず、Voiceが機能しなくなった。その背景には、「カスタマーハラスメント」をめぐる制度化と社会的合意がある。

 日本では近年、自治体条例や企業の就業規則整備を通じて、カスタマーハラスメントは明確に「防止すべき行為」として位置づけられるようになった。暴言や威圧的言動だけでなく、過度な要求、長時間の拘束、執拗な問い合わせなども、ハラスメントの対象とされる。

 この流れ自体は、現場で働く人を守るという点で、正当であり、不可欠なものだ。しかし、その副作用として、顧客側の行動は大きく変わった。

 期待して要望を出せば、言い方次第ではハラスメントと受け取られるかもしれない。改善を求めたつもりが、トラブルの当事者になる可能性もある。それならば、最初から何も言わないほうが安全だ。こうして、Voiceは静かに放棄されていった。

 では、Exitはどうか。本来であれば、Voiceが機能しなければ、顧客は離脱するはずである。だが現実には、多くの場面でExitもまた、実質的に機能していない。

 なぜなら、どこへ行っても、他も同じようなものだからである。営業の質も、サービスの水準も、業界全体で似たり寄ったりになっている。Exitしても「顧客体験」が劇的に良くなるわけではない。よそへ移ったとしても、またそこで関係性を構築するという手間だけが増え、期待外れを再学習する可能性が高い。

 その結果、多くの顧客が選んでいるのは、ExitでもVoiceでもなく、低い期待値のまま関係を継続する、歪んだLoyaltyである。

 信頼しているわけではない。満足しているわけでもない。ただ、「他も同じだから仕方がない」と自分を納得させて使い続けているのである。