指導回避が生む能力の空洞化

 企業側の対応も、また合理的だ。強いクレームや要求が減れば、対応リスクは下がる。基礎訓練や上位者による伴走支援はコストとして削減され、代わりに標準化、マニュアル化、形式的な評価指標が重視される。

 この変化は、現場の上司にも及んでいる。かつては、若手の対応を見て、その場で口を出し、「それは違う」「相手はそこを聞いているわけではない」と修正し、徹底して指導することが当たり前に行われていた。

 いま、同じことをしても、状況は全く違うものとして捉えられてしまう。指導のつもりで声をかけた行為が、「高圧的」「人格否定」「萎縮させた」と受け取られ、ハラスメントとして問題化する可能性がある。張り切って教えるほど、リスクが高まる。

 逆に、マニュアルどおりの対応を黙って見守っていれば、介入しなくても、上司として責任を問われることはほとんどない。こうして上司もまた、合理的に行動する。教えない。踏み込まない。結果として、若手は怒られないが伸びない。上司は安全だが、育てている実感を失う。人が人を育てる回路は、静かに細っていく。

 全体的な能力低下は、短期的な業績指標には表れにくい。競合も同じ水準にいるため、相対評価では異常が見えない。顧客満足度調査も、期待値が下がっているため、一定の数字を維持する。

サービスのレベルは低下しているのに、価格が上がる

 ところが、顧客にとって奇妙な現象が起きる。期待値が下がっているにもかかわらず、価格だけが上がっていくのである。

 インフレの要因として、円安の影響は確かにある。加えて日本では、政府主導で賃上げを進める動きが強まっており、まず大企業が賃上げを実施し、その波及効果を中小企業にも広げようとしている。取適法(中小受託取引適正化法、旧下請法<下請代金支払遅延等防止法>)の摘発強化はその表れだ。意気込みとしては理解できるし、方向性自体を否定するものではない。

 だが、顧客の視点に立てば、率直な疑問が残る。これほどサービスレベルが下がっているのに、なぜ価格だけが上がるのか。価値が上がったから払うのではない。必要で、他に選択肢がないから、仕方なく払っている。