単一の情報をブロードキャストするテレビ、ラジオから、インターネット上に星の数ほどもあるウェブページやブログ、Xへ。
数え切れないほどの人が、信じられないほど様々な活動をしている様子を見て、自由な時代を生きていることを実感します。
しかし、自由は責任もともないます。能力も要求されます。誰か(家父長でもなんでもいいです)に指示されてしぶしぶそれに従うのは、窮屈で死ぬほど嫌なことですけれども、いっぽうで何も考えなくても他者が進路を決めてくれたり、人生のステージを勝手に進めてくれたりします。うまくいかなくても、自分ではなく、自分に指図をした人のせいにして溜飲を下げることもできるでしょう。
自由で多様な生き方が許される社会では、生き方を自分で考えて自分で決めなければなりません。めんどくさいです。何かを決めるのは怖いことです。なかなか決断できず就職や結婚の時機を逸した人も多いでしょう。仮に就職に成功したとしても、うまくいかなかったとしても、常に他の人と比べて自分の人生はそれなりなのか、そうでないのかが気になります。
支払った努力や我慢ほどには人生がうまく転がっていなかったり、他人より損していたりしたらがっかりします。
これは多くの人にとって重要事項です。人類はこの「他者との比較」に、その活動の全期間を通じて苦しめられてきたとも言えます。
世界中を相手にする情報戦で
疲弊していく現代人たち
でも、比べられる範囲には限りがありました。それがインターネットやウェブやXで世界中の人と比べられるようになってしまいました。
みんなマウントを取るのが大好きですから、X上でキラッキラしている人の投稿など、かなりの割合で盛ったことが書いてあるでしょう。それに気づかず彼我の差に愕然として心を病む人も、自分も盛りに盛った投稿をすることでマウントを取る側に回る人も、盛った投稿という虚偽に我慢できずそれを暴く「正義」を執行することに時間を費やす人も、いました。







