社会の倫理観が向上していると好意的に解釈することもできますが、単に攻撃対象を大きく取りたい、攻撃が成功したときのダメージを大きくしたいようにも読み取れます。

 実際、多くの人がXの特性を学んでリテラシーとして獲得し、自分のヘゲモニーを拡大する意思を持って、Xに参入しています。それはあまりいい未来ではありません。

 たとえば、感情への配慮は一定の水準を超えると「歳を取れば衰えて死ぬ」ことすら明言できない社会を生みます。立場の数だけ正解があり、それに寄り添わねばならないと主張する社会は、不可避的に嘘を跋扈させるでしょう。

炎上で名を上げた者も
いつか自分が燃やされる

 周囲から観劇しているオーディエンスにとっても、これらの活動は1つのページェントです。ぶいぶい言わしていた人が大炎上し、身も世もなく反論し、しおれた姿をさらし、やがて消えていく様は歴史絵巻として消費できますし、いくら消費しても次の弾は尽きません。

 著名人を燃やすのに飽きたら、たまには著名人を攻撃していた人の中から、次の標的をピックアップするのもよいでしょう。

『子どものSNS禁止より、大人のX規制が必要な理由』書影『子どものSNS禁止より、大人のX規制が必要な理由』(岡嶋裕史、光文社新書、光文社)

 他者(権威者がいいです)を攻撃して万バズを獲得し、溜飲を下げ、勝ち名乗りを上げた人は、それ自体が権威の獲得行為になります。つまり、数世代先の炎上を嘱望される存在になるのです。調子に乗った態度を取れば、それが訪れる機会は遠くありません。

 私はXにおいて罵倒と誹謗中傷が止むとは考えていません。少なくとも、「ネットリテラシーを獲得しましょう」「相手の気持ちになって発言しましょう」といった処方箋でどうにかなるものではありません。もっと根源的な、人の存在価値にかかる行動だからです。

 現在のXは最適化がすんでいる状態です。プラットフォームは個々人が何を望んでいるかを知っています。「誰が誰を好き」なんて、どんな間抜けなプラットフォーマーでもお見通しです。ページビューを増加させるためのタイムラインの構築など朝飯前で、特に情報の捏造などに手を染めなくても、人の感情を喚起しプラットフォームへの依存を深めることができます。

 個々人も自分の行動の最適化を終えました。下手に勉強を頑張るより、人を苛立たせる文章を連ねてポストしたほうが社会に爪痕を残せる可能性が高いとき、その行動を抑制することは難しいです。