同じ職種間ではそれほど大きなギャップはありません。ところが、職種を超えると社員が見ている会社の姿は相当違っていました。契約内容や労働条件が違えば、会社との関係性も異なってくるからです。

 それでも多くの人は会社を実体的な存在だと思い込んでいます。本社ビルがあり、給与が自身の口座に振り込まれる以上、唯一の揺るぎない存在だと感じています。

「会社が決めたこと」「会社が許さない」…
会社は人格を持っている?

 実際、法人の本質をめぐっては古くから議論があります。法人は法律によって擬制的に人格を与えられた個人の集合体とする「法人擬制説」と、実際的な意思を持つ社会的な存在であるとする「法人実在説」が存在します。

 かつてベストセラーになった『会社は誰のものか』(平凡社)の中で、著者の岩井克人氏は、会社は「株主が所有する擬制されたモノとしての性格」と、取引先や顧客などの利害関係者から見れば、「会社は社会に実在するヒトとしての性格」を持つとして、会社の二面性について鋭く解説しています。

 従業員から見た場合はどうでしょうか?

「会社が決めたことだから」「会社は許さないだろう」「会社は社員の気持ちがわかっていない」など、まるで会社が本当の人格を持つ存在であるかのようにとらえている人は少なくありません。

 社員同士は、個々人の自立よりも、同じ場を共有する人たちとの関係が優先するので、どうしても組織に対等というよりも帰属する面が強くなって、組織優先の考え方に至ります。

 そうなると、肩書きが自己評価に結びつき、会社への過度な承認欲求につながります。

 仕事や人間関係で必要以上にストレスを抱えて、自分の本来やりたいことを抑制し自重する姿勢になりがちです。

 会社は絶対的な主体ではありません。一つの組織であり、制度であり、環境なのです。そういう意味では、私は、従業員の立場においては、法人擬制説的に会社を見る方が健全ではないかと考えています。

 ここで誤解してほしくないのは、会社を軽視せよという話ではありません。むしろ逆で、会社は極めて優れた資源の集合体なのです。顧客基盤、ブランド、組織力、情報など個人では到底持ち得ない力があります。