トランプの狙いは体制の短命化
アメリカはこれまで、「独裁者が倒れれば民主化する」という幻想のもとで、何度も深刻な失敗を繰り返してきた。その典型例がアフガニスタンである。
アメリカは2001年にタリバン政権を打倒し、その後20年にわたって民主国家の建設を試みた。だが、その結果は、2021年の米軍撤退とともにタリバンが電撃的に復権し、国家そのものが崩れ落ちるという惨憺(さんたん)たるものだった。
問題は、アメリカが軍事的に負けたことではない。政治的現実を誤認していたことにある。
アフガニスタン社会には、民主主義を支える制度、治安、エリート層の合意、そして国民的な統合が存在しなかった。にもかかわらず、「独裁体制を倒せば、あとは民主主義が自然に根付く」という楽観論に依存した結果、国家建設は砂上の楼閣と化した。
トランプ大統領は、この失敗をよく理解している。少なくとも、過去の民主化介入を理想化してはいない。だからこそ、今回のイラン攻撃においても、アメリカは「民主国家を作る」ことを目標に掲げていないはずだ。
狙いはあくまで、革命防衛隊を中核とする現体制の支配能力を削ぎ、交渉可能なカウンターパートにすることであり、国家再建や民主制度の輸出ではない。言い換えれば、トランプ政権は「体制を倒した後の理想像」を描かない代わりに、「体制の寿命をどこまで短くできるか」という、より冷酷で現実的な目標設定を行っている。
この点で、今回の対イラン戦略は、イラク戦争やアフガニスタン介入とは明確に異なる。人道的でも理想主義的でもなく、少なくとも「幻想」に基づいた戦争ではない。
トランプ大統領は、ベネズエラ攻撃においても、国家体制そのものを崩壊させる介入は行わなかった。「民主化すべきではないか」と問われたとき、「イラクを見ろ」と答えている。もちろん、「アラブの春」後の混乱のことを指している。
「アラブの春」で起こった民主化運動は、チュニジアを除いてすべて失敗に終わっている。独裁国家から独裁者が消えれば民主国家になるというのは、幻想に過ぎないのである。







