◆お風呂場を選んだワケ…解剖室で見た認知症夫婦の傷跡
「人の名前が出てこない」「今やろうとしたことを忘れた」――そんな日常の些細な物忘れは、もしかすると脳からのSOSかもしれません。『脳の専門医が教える 100歳までボケない脳』(ダイヤモンド社)は、7000人の脳を診察し、3000本以上の論文を読破した専門医が「一生ボケない脳のつくり方」を徹底解説した1冊。カギとなるのは、脳の免疫細胞「ミクログリア」。生活習慣の乱れによってミクログリアが暴走すると、認知症の引き金になる一方、上手に味方につければ、いつまでも若々しい記憶力を保つことができるのです。難しいトレーニングは必要ありません。【血圧】【食事】【睡眠】【速歩】【呼吸】【お酒】という毎日の生活を見直すだけの6つの習慣術で、100歳まで健やかな脳を育てていきましょう。
※本稿は、『脳の専門医が教える 100歳までボケない脳』(ダイヤモンド社)より一部を抜粋・編集したものです。

【脳の専門医が教える】「脳が壊れる」という悲劇…ある老夫婦の“あまりに悲しい結末”Photo: Adobe Stock

解剖室で目にした、あまりに悲しい結末

「急遽、司法解剖が入った」――私がまだ医学部の5年生だったある日のこと。法医学の講義で、教授の言葉に促され、私たち学生は解剖室へと向かいました。

冷ややかな解剖台の上には、二柱のご遺体が安置されていました。高齢のご夫婦でした。警察の説明によると、長年「認知症」を患っていた奥様を、ご主人が献身的に介護していたそうです。いわゆる「老老介護」です。

ある日、限界を超えてしまったのでしょう。ご主人は奥様を手にかけ、その後、自らも命を絶ったのです。

無言の傷跡が物語る、凄絶な葛藤と哀しき配慮

私が言葉を失ったのは、その遺体の状況でした。奥様の腕には、必死に抵抗したと思われる無数の「」。一方、ご主人の手首には、刃物をためらった跡である「」がいくつも刻まれていました。

その悲劇はお風呂場で行われました。発見した人が掃除に困らないようにという、ご主人の、最後の、あまりに悲しい配慮だったようです。

認知症が奪うのは「記憶」だけじゃない

あのときの胸が締めつけられるような気持ちを、いまもまざまざと覚えています。認知症という病は、単に「記憶」を奪うだけではありません。愛し合っていたはずの家族の絆を引き裂き、生活を破壊し、最後には「生きる希望」さえも奪ってしまう。

私が脳神経内科医として、認知症やALS(筋萎縮性側索硬化症)、脊髄小脳変性症といった難病と向き合い続けている原点は、あの日見たご夫婦のご遺体にあります。

「治らない」「わからない」といわれる脳の病を前に、どうすれば患者さんとご家族が絶望せず、少しでも希望を持って生きていけるのか。それを問い続けることが、私の医師としての使命となったのです。

※本稿は『脳の専門医が教える 100歳までボケない脳』(ダイヤモンド社)より一部を抜粋・編集したものです。