その次につかんだ端役は、『ゴッドファーザー』シリーズで受賞歴のあるフランシス・フォード・コッポラの『アウトサイダー』である。
10代で既にクルーズは、オスカー受賞者と共に仕事をし、彼等から映画作りを学ぶことになった。「オスカー受賞者」の作品には、おのずと新たなオスカーの期待がかかる。彼の映画人生は最初から、オスカーの期待と共に進む宿命にあった。
演技の才能や知識は評価されず
ただのイケメンと見なされる
一方のクルーズ本人は、ひたすら純粋に映画を作りたい、俳優としてもっと映画作りに貢献したいという気持ちで仕事に取り組んでいく。
オスカー受賞が彼のゴールだったことは一度もなく、彼が周りのオスカー受賞者たちから受け取ったことがあるとすればそれは、彼らのプロフェッショナリズムと専門知識だっただろう。その真面目さと努力家の一面が彼の演技と知識に磨きをかけ、そのプロフェッショナリズム向上に比例して人気が上昇した結果、彼は一段とオスカーに近い俳優になっていく。
クルーズは初主演作『卒業白書』ではやくもゴールデン・グローブ賞主演男優賞(コメディ・ミュージカル部門)の初ノミネートを達成した。1983年当時のゴールデン・グローブ賞は、今以上にオスカーに一番近い前哨戦との位置づけで、ノミネーションはハリウッドの第一線で活躍する俳優になった証でもあった。
この作品で彼は、一躍スターダムに躍り出て、これ以降の作品のほとんどで主演を張ることになる。
この頃のクルーズはまだ、青春映画のアイドル的存在であり、次世代のイケメン人気スターとしての地位を確立したに過ぎなかった。本人がどんなに映画作りに情熱を注ごうと、世間の興味が向かうのは彼の私生活や恋愛事情で、アイドル誌に載る記事に彼の俳優としての才能や技巧を讃える記事は少なかった。
急上昇したスターダムは1986年『トップガン』で頂点に達する。彼はデビュー後たった数年で、ハリウッドで一番人気のアイドルとなり、人気とは裏腹に「演技派」の文字は彼とは無縁のものと考えられるようになった。







