前の例だと、高額な服を勧める行動の原因が、愛情と売上アップ動機のいずれにあるのかを判断したり、別の推論の機会でも、愛情か、または売上アップ動機での行動かの可能性を考える根拠になるわけです。科学における理論と同じような役割を果たしていますよね。
なお、ここで言及したステレオタイプを用いた事例は、パートナーや店員のことをよく知らない場合に典型的なものです。
もし、この例での店員を、あなたがよく知っており、売り上げよりも、本当にお客に似合うものだけを勧める人だと思うなら、その知識を用いて、今回も「お客のことを親身に考えてそうしている」と判断するでしょう。
いずれにせよ、このような意図や動機、考えていることなどに関する推論は、社会生活のなかで広く用いられます。相互作用を円滑に進めるためには、他者がなぜそうしたのか、何を考えているのかを知り、また、そこから、次にどのような言動をおこなうか予測することが不可欠だからです。
これまでの知識や経験上の推論が
必ずしも当てはまるわけではない
理論説の特徴の1つは、誰の言動であるかによって、読み取る心に違いがでることにあります。先の例は、高額な商品を勧めるという行動に対して、パートナーは愛情と善意から、店員は売上アップ動機から、そうするのだろうと考えてしまう可能性を示していました。
この背景には、「パートナー」や「店員」という人たちが、いかにも持っていそうだと思われる感情や動機に関する知識や信念、つまり「理論」が存在します。
先に、理論説の背後にステレオタイプの働きがあることに言及しましたが、「パートナー」「店員」という社会的な集団(カテゴリー)が、一般的に持つと思われる感情や動機に関する理論を適用して、心を推論していることになるのです。
もちろん、心の状態に関しての「理論」は、ステレオタイプに限られるものではありません。私たちは、心の働きそのものに対する知識や信念も持ち合わせており、それらも「理論」として推論の際に用います。







