英語学習にたとえれば、「還暦から英語を始めた」という人に近いです。中学・高校で英語の授業を受けたはずですから、たとえ卒業後は一切英語に触れなかったにせよ、まったくのゼロから英語を始めたわけではないのに似ています。

 案の定、同書にこんな記載があります。

私は「きらきら星」の弾き方をこの40年間、我が記憶の奥底にしまいこんでいた小箱にちゃーんと保存していたらしいのである。だから譜が読めずとも、その小箱から引っ張り出した記憶に頼ることで、それなりに弾けたのだ。 (『老後とピアノ』より)

 やはり「音楽経験ゼロ」の私とは大違いです。私は頭の片隅に何も残ってはいません。この差はあまりにも大きいです。

 たとえ「ピアノ未経験」でも、ギターやクラリネットなどの楽器をやっていたなら、ピアノ楽譜の理解なども早いのではないかと推測します。

 また、52歳から独学でピアノを始めて、7年後にピアニストになった佐賀県の海苔(のり)漁師・徳永義昭氏は、奥さんがピアノの先生で、自宅にピアノがありました。だからといって、彼への畏敬の念はいささかも減じませんが、いろいろな点で私とは大違いです。

 私は「高齢者+音楽経験ゼロ」のうえ、自宅にピアノはなく、ピアノを弾く人がまわりに一人もいませんでした。実力的も環境的にも、正真正銘「ゼロ」であり、ピアノ楽譜が読めないのはもちろん、どの鍵盤がどの音かもわからず、両手でピアノ演奏する人のことを魔術師か何かのように思っていたのです。

 そんな私が、59歳4カ月のある日を境に「いきなり! ピアノ」を始めたのは、いったいどんなわけだったか、それをお伝えしましょう。

動機が「沸点」に達する

 人間が何か行動を起こすとき、動機はたったひとつの場合もあれば、複数の動機が重なりあう場合もあります。

 私がピアノを始めたときも、3つの動機が重なって「沸点」に達したように思います。