私も映像の世界で仕事をしていますし、ジャーナリストの増田ユリヤさんと一緒に「池上彰と増田ユリヤのYouTube学園」というネット番組を持っていますから、映像・動画の持つ力はよくわかっています。
耳と目から情報を得ることでわかりやすくなります。理解が深まることを「解像度が上がる」という言い方で表現する人もいます。これも「わかる」ことを視覚的表現でとらえたものです。
動画やSNSにはノイズがないが
本にはノイズがある
また、動画は流れてくるものをぼーっと観ていることができますが、活字は自分から能動的に読まなければ、内容を把握することができません。情景描写なども、自分の頭の中でイメージしながら読む必要があります。
そのため、仕事帰りなど疲れている時に、スマートフォンでショート動画を連続で観ることはできても、本を読むことはできないという状態に陥ってしまいます。
三宅香帆さんの『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』(集英社新書)がベストセラーになりました。タイトルに共感を覚える人が多かったのではないでしょうか。三宅さんにインタビューした際に、「仕事のあと、疲れて帰ってきた時に、動画やSNSは延々と観ることができるのに、どうして本を読むことができないんでしょうか」と聞いてみました。
すると三宅さんは、「動画やSNSにはノイズがないが、本にはノイズがあるからだ」とおっしゃっていました。スマートフォンで見る情報は視聴履歴やアルゴリズム、どんな発信元をフォローしているかで、ある程度予測のつく、自分の好みに適正化されたものばかりが流れてくる。
しかし書籍の場合は、知りたいことが1行でそのものずばり書いてあるわけではなく、周辺情報を説明したり、思いもよらない解説が飛び出したりするため、疲れた状態では読めないのではないか、と。
それでも、活字の力はやはり重要です。私は活字中毒と言っていいほど、活字に飢えていますし、新聞は11紙読み、本も常に持ち歩き、書店にも頻繁に通っています。







