Photo:SANKEI
ジャーナリスト・池上彰氏が、NHK記者時代の厳しい修業時代を振り返る。家庭を訪ねての受信料収納業務から始まり、何も教えない先輩、何度も突き返される原稿、地獄と恐れられた警視庁担当への配属。しかし、その困難な日々こそがのちの成長の糧となったという。※本稿は、ジャーナリストの池上 彰『考える力 「わからない」から始める思考入門』(PHP研究所)の一部を抜粋・編集したものです。
NHKが新人記者に
受信料収納業務をさせた理由
私の新人記者時代について、振り返ってみます。
私は1973年にNHKに記者職で入局しましたが、当時のNHKは新人研修で受信料の収納をさせていました。受信料収納のベテランに同行し、1軒1軒回って受信料を徴収するのです。当時はまだ銀行振替による支払いはそれほど多くなく、収納係が戸別訪問をして受信料を収納していたのです。
NHK受信料は受信機、つまりテレビがあればNHKを観ていなくても契約して受信料を支払わなければならないのですが、テレビがあるのに契約していない人、受信料を払っていない人たちもいました。そうした人たちから、いわば受信料を取り立てることになるのですが、ベテランに同行することで、さまざまなコツを教わることになります。
まず「NHKです」と名乗ると受信料の収納に来たとわかってしまうので、居留守を使われたり、「観てないから払わない」などと言われたりして応対してもらえなくなります。そのため、「放送局と言え」と叩き込まれました。
また、夏の高校野球甲子園大会の時期は絶好の収納チャンスで、ドアや窓越しの音声で甲子園の中継を観ていることがわかる。「NHKで甲子園中継を観てますよね、受信料をお願いします」と言えば、相手も「観ていない」と言い逃れすることはできないというわけです。







