それを何度か繰り返したのちに、デスクがようやく「しょうがないな」と言いながら、太い赤鉛筆で修正指示を入れるのです。
それなら最初から具体的な修正点を指示してくれればいいのに……と思うのですが、今になってみれば「どうすればいいのか」と正解がわからない中で悪戦苦闘し、悶々と考えたことが力になった、無駄ではなかったのです。
私のほうも、「しょうがないな」と言われて直されるのは悔しいですから、ならば修正されない原稿を書こうとやっきになっていました。
確かに、デスクの赤字を見ると、回りくどい説明が修正されて、文章もスッキリして話が伝わりやすかった。説得力があったのです。太い赤字を見ながら、「なるほどこう直せばいいのか」と学んでいきました。
今は現場が忙しくなったことや、原稿もパソコンでのデータのやり取りが主流になったことで、こうした「原稿を見せて突き返される」「ひどければ読んだか読まないかのうちにゴミ箱に捨てられる」ようなことはなくなりました。
原稿の修正もデータ上で行なうため、どこがどう直ったかを確認するのも大変です。デスクの赤字を確認することは、自分の原稿の欠点を知ることですから、無駄なように見えてじつはとても大事な修行になっていたのです。
何としても、修正されないような原稿を書きたいと考えた私は、新人時代、放送局に夜中コッソリ出社して、デスクが提出してアナウンサーが実際に読んだ原稿を引っ張り出してきて必死に書き写しました。
人並み以上のことをしなければ
人並みで終わる
どのように書けば、アナウンサーが読みやすいのか、ニュースの内容がわかりやすく伝えられるのかを自分の手で覚えるためです。当時はワープロさえない時代ですから、手で書き写すことで、「いい記事」の書き方を、わかるまで徹底的に頭と手に叩き込んだのです。
また、NHKは夜10時にラジオで全国ニュースを放送していたので、これをカセットテープに録音し、家で聞き直しながらやはり手書きで文字起こししました。
ローカルニュースでは島根県の話題しか扱いませんが、全国ニュースは幅広いテーマを扱います。
いずれは東京に配属になるかもしれない。社会部ではなく、政治部や経済部に配属されるかもしれない。
その時には、地方局で社会部的なニュースを書くのとは違う感覚が求められると思い、今のうちに勉強しておこうと考えたのです。
当時、同じようなことをしていた記者は他にいなかったと思いますが、ニュースの型を身につけることは自分の糧になりました。







