ここで、可処分所得と労働所得の間の無差別曲線を考えると、労働所得は労働時間に比例しますので、効用ではなく、不効用を感じるものと考えられます。このため、労働所得を増やすと、可処分所得が増えないと無差別にはなりませんから、無差別曲線はI 0、I 1、I 2のような形状になります。この場合、無差別曲線は左上にあるほど効用が高くなります(一方、ミクロ経済学の教科書に書かれている通常の無差別曲線は、原点に対して凸の形で、右上になるほど効用が高くなります)。
経済学の消費者行動の理論によれば、予算制約の下で、最も高い無差別曲線に接する点で、人々は消費量(この場合は所得)の選択をします。ここで、最も高い無差別曲線(I 0)に接しているのはB点ですから、稼働能力層の生活保護受給者は、月額約1万5000円までの労働をすると考えられます。
重要なことは、生活保護にとどまるギリギリの労働所得であるC点を通る無差別曲線(I 1)や、生活保護から脱却した後に最も高い効用を得るE点で接する無差別曲線(I 2)よりも、B点の効用が高いと言うことです。このように、合理的な選択の結果として、稼働能力層はあまり労働をしようとしないのです。
実際に、「その他の世帯」の労働所得の分布を見ても、1万5000円程度の労働所得を選ぶ人々の割合が最も高くなっています。生活保護受給者は合理的な選択の結果としてあまり働かず、生活保護から脱却することもないのです。
これは、人々のモラルの問題ではなく、制度設計の問題と言えます。
家を借りた途端に
諸経費が重くのしかかる
実は、「生活保護脱却の壁」に当たるものは、ホームレス生活にも発生しています(図表8-9)。
同書より転載 拡大画像表示
『入門 社会保障の経済学』(鈴木 亘、新世社)
なぜならば、ホームレス生活には、家賃や敷金・礼金がありませんし、公園のトイレや水道が無料で利用できます。支援団体の炊き出しや寄付された衣料品を使っていれば、生活する上で必要な諸経費も最小限で済みます。
しかし、ホームレス生活から脱却した途端(B点)、家賃や諸経費が一気にかかることになるので、可処分所得が大きく減少します(C点)。ホームレス生活から脱却して、最も効用が高まるD点まで働いたとしても(効用はI 1)、ホームレス生活をしていた時の効用I 0より高まることはありません。
生活保護にかからない(かかる気がない、かかれない事情がある、かかれないと思っている)ホームレスの人々が、意外に“仕事”の現金収入があるにもかかわらず、ホームレス生活から脱しない理由は、この辺りにあるのかもしれません。
ホームレス生活から脱却した後の生活支援、住宅支援が重要なことがわかります。







