「おみくじを引かない東大生」が発見した「おみくじを引く人」の意外な一面『ドラゴン桜2』(c)三田紀房/コルク

三田紀房の受験マンガ『ドラゴン桜2』を題材に、現役東大生(文科二類)の土田淳真が教育と受験の今を読み解く連載「ドラゴン桜2で学ぶホンネの教育論」。第135話は「神頼み」について考える。

私はおみくじを引かない

 東大入試を目前に控えた龍山高校の天野晃一郎と早瀬菜緒。担任の水野直美は2人に神社のお守りをわたし、「絶対に合格する」と励ますのだった。

 私は神社に行っても、おみくじを引かない。せっかくお参りしているのに「待ち人来ず」と言われたらたまったもんじゃない。受験や仕事の大きな勝負事における「神頼み」は、あまり意味がないのではないかと思ってきた。

 しかし、心理学や行動経済学の知見を参照すると、そうとも言い切れないようだ。神頼みやジンクスには、パフォーマンスを向上させる合理的な効果があるのではないかという研究は、これまでも行われてきた。

 たとえば欧米では、「これは幸運のボールだ」と伝えるかどうかで、成功率にどのような影響を与えるかの調査が行われたという。また「儀式」と緊張緩和をめぐる研究もあるようだ。

 もし、これらに因果関係があるのだとすれば、「運が味方している」という感覚が、「自分ならできる」という自己効力感を人工的に高めている可能性は考えられる。

 もちろん、日本と西洋とでは宗教観に違いがあるため、これらの結果をそのまま日本の神社仏閣での祈願と完全に同一視することには留保が必要だ。だが、人間の心理メカニズムとして、何かにすがるような儀式が不安を和らげ、実力を引き出すスイッチになることはあり得るだろう。
 

私は性格診断もやらない

漫画ドラゴン桜2 17巻P89『ドラゴン桜2』(c)三田紀房/コルク

 少し話題は変わるが、近年、性格診断テストやパーソナルカラー診断など、個人を特定のカテゴリーにラベリングするコンテンツがあふれている。これらもまた、科学的根拠の曖昧(あいまい)さが指摘されながらも多くの人が熱中している点で、ある種の現代の「おみくじ」に近い性質を持っている。

 私は性格診断をやらない。単純に他人にラベル付けされるのが嫌だという反発心もあるが、それ以上に恐れていることがある。もし「あなたのタイプはこうだ」と明確に提示されたら、無意識のうちにそのタイプに沿った行動を自ら選択し、自分自身を型にはめてしまうのではないかという懸念だ。ラベリングによる自己暗示を恐れているのである。

 しかし先日、友人に「性格診断をやったことで、自分にはない価値観が言語化された。だから、自分と違うタイプの人間を理解しようと意識するようになった」と言われ、なるほど、と思った。彼にとってのラベリングは、自分の可能性を狭める呪縛ではなく、他者との摩擦を減らし、コミュニケーションを円滑にするための「メタ認知のツール」として機能していたのである。

 神社へのお参りであれ、性格診断であれ、それに過度な時間と労力を割き、本来やるべき努力をおろそかにしてしまっては本末転倒である。

 しかし、本番のプレッシャーに押しつぶされそうな時、あるいは人間関係の複雑さに直面した時、あえて「おみくじ」や「診断ラベル」という外部の力を借りてみるのは一つの手だろう。自己効力感を高めたり、自分を客観視する視点を取り入れたりできるのであれば、それは高いパフォーマンスを発揮するための合理的で、したたかな手段と言えるのではないだろうか。

漫画ドラゴン桜2 17巻P90『ドラゴン桜2』(c)三田紀房/コルク
漫画ドラゴン桜2 17巻P91『ドラゴン桜2』(c)三田紀房/コルク