腐った縁は手放すことも大切
確かに長い間、知り合いだというのは一種のご縁ですし、貴重なことです。純粋に「この人と会いたい」という関係が長く続いているなら素晴らしいことです。しかし、本当は嫌なのに「昔からのよしみ」という言葉に縛られて無理やりつながっているのだとしたら、お互いにとって良くありません。
どこかで見かけた言葉に、「ご縁は大事にしようと言うけれど、縁には腐るものもある。腐った縁を放っておくと自分も腐ってしまうから、ちゃんと捨てることも縁を大事にするということだ」というようなことが書かれていて、とても本質的だと思いました。
人間関係を選ぶ権利と必要なシビアさ
優しい人は特に、人との縁を切ることに罪悪感を抱きがちです。しかし、合わない人は合わないのです。つながりたくない相手に対して「あなたのここが嫌だから縁を切ります」とわざわざ説明しても、不愉快にさせるだけで喧嘩になるに決まっています。
一番賢いのは、なんとなくお互いにフェードアウトしていくことですが、時には相手が逆上してくることもあるでしょう。そこで「連絡しない私が悪いのかな」と思ってしまうと、縁を切ることができなくなります。それでは、自分の人間関係を選べなくなってしまいます。
人には自分の人間関係を選ぶ権利がありますし、それは「自分軸」で生きるためにもとても大切なことです。相手を100パーセント不愉快にさせずに縁を切る方法などありません。優しすぎて無理につながり続けても、自分が嫌な思いを耐え忍ぶか、相手が一時的に不愉快になるかのどちらかしかなく、結局Win-Winにはならないのです。そのシビアさは必要なものです。
無理してつながる必要はない
だからこそ、「昔のよしみ」でなんとなく繋がっている人や、その言葉を使ってお願い事をしてくる人からの頼みは、ほぼ断ったほうが良い案件です。
今の段階で、純粋にその人のことを素敵だと思えないなら、無理してつながる必要はありません。お互い様ですから、もっと自由でいいのです。
「昔のよしみ」という言葉にとらわれないこと、そして相手がわざわざその言葉を持ち出してきた時は要注意だということ。今日お伝えしたかったのは、この2点です。
※本稿は『精神科医Tomyが教える 1秒で不安が吹き飛ぶ言葉』(ダイヤモンド社)の著者による特別原稿です。






