わずか2カ月だが、この間に実行された「ハンガリー作戦」では約30万人の収容者が殺害されていた。移送の実態などが把握でき、グレーニングが降車場での業務にも複数回就いていたと証明を試みた。
短期間に集中している被害者の多さは、ソビブル(編集部注/現ポーランド東部の森深くに存在したソビブル強制収容所)同様、アウシュヴィッツが「死の工場」だったことを鮮明にできるとの判断があったという。
高齢者でも、真摯な態度を見せても
裁きは受けなくてはならない
アウシュヴィッツでの経験をすでに公表していたグレーニングは公判でも、過去の被告らとは違った姿勢を見せた。当初から「道義的な罪」は認め、刑法上の罪があるかどうかは裁判所の判断にゆだねるとした。被害者に対しても「謙虚に、心から反省している」「赦しを乞う権利はない」などと述べていた。
裁判所は、グレーニングに禁錮4年の判決を言い渡した。判決はガス室での殺害の残酷さや、無防備な収容者を欺いた背信性などを強く非難しつつ、グレーニングの公判中の姿勢には理解を示した。
「生涯を通じて沈黙を守り、反論したり、自らの犯した罪を覆い隠したりしてきた他の親衛隊員たちと、被告は一線を画している。肉体的にも精神的にも大きな負担に耐えながら、裁判を乗り切った。特に被害者の証言に心を痛めていたことも明らかだった」
連邦最高裁も支持して判決は確定したが、収監されないままグレーニングは2018年に亡くなった。
トーマス・ヴァルター(編集部注/長く務めた裁判官を引退後、ナチ犯罪追及センターの捜査官に転身)はこの裁判に、生存者やその遺族側の代理人として参加していた。
ドイツでは、被害者らが裁判に参加する仕組みがある。日本の「被害者参加制度」に似ているが、より広範な権利が与えられており、被告への質問のほか、証拠の収集や提出などもできるという。各国に散らばる生存者や遺族らを探し、センターでの経験を生かしつつ、ナチ犯罪者の追及を続けられる道だった。
デミャニュク裁判で突破口を開いただけでなく、その後の歩みも含めて、「ドイツ最後のナチ・ハンター」(編集部注/ナチ時代の犯罪に関わった者たちの責任追及を続ける活動家)の異名がついた。だが、ヴァルターもまた、その呼び名については、こう言って笑った。「私は武器をうまく使えないし、森の中を狩りのために駆け回っているわけでもない。ハンターではないよ」







