看守としての勤務期間中にこの収容所で殺害された人々の大量殺害を手助けした、ということだ。言い換えれば、収容所の究極の目的が「大量殺害」だった以上、その収容所の日々の作業を支えた看守には、殺害に関して責任がある、という理屈だ。

収容所の警備担当者は
直接手を下していたのか?

 男性がここに勤務していたことは、資料などから、おそらく動かせない事実だ。だが、広大な敷地を歩いて大量殺害の痕跡を見ていても、その男性の行為のイメージはなかなかつかめない。

 購入した書籍には、親衛隊員らによる拷問や処刑シーンの写真や挿絵が載っていた。ビルト紙が掲載していた男性の現在と過去の写真を思い出し、「これがもし彼だったとしたら」と想像してみるが、やはり難しい。当然かもしれない、もう80年近く昔の出来事なのだから。

 ライはザクセンハウゼンの被害者の証言を集め、この元看守の男性が所属した隊がどんな任務に就いていたかなど、訴追に向けた情報収集に協力した。

「確かに彼は直接手を下していないかもしれない。でも、収容所は多くの人間によって運営されていた。小さな任務でも、それがなければ動かない、とても複雑な組織だった」。

 そうした収容所の実態も、時間をかけた研究の積み重ねによって明らかにされてきたものだという。

大量殺人が目的の収容所に
勤務していただけで罪に問える

 ドイツで現在、こうした裁判が可能になっているのは、2011年の判決が背景にある。1979年に殺人罪の時効を撤廃したドイツは、今もナチの犯罪追及を続けている。

 だが、捜査当局にとっては、当事者が殺害に直接関与したことを第三者らの証言などで立証しなければならないことが「壁」として立ちはだかる。時の流れとともに、直接的な証拠や証言を集めるのは極めて困難になるからだ。敗戦が濃厚になった当時、各地の収容所などで、処刑施設や証拠書類が破壊・廃棄されたことも影響している。

 2011年の判決は、この「壁」を取り払った。