ドイツ占領下のポーランドにあった収容所の元看守、ジョン・デミャニュク(当時91)に対して禁錮5年の判決を言い渡したミュンヘン地裁は、「大量殺人を目的とした収容所に勤務した事実」を証明できれば、殺人幇助罪が成立すると導いた。デミャニュク側は「収容所の看守をしていたことはない」と反論していたが、地裁は、配属記録などから勤務の事実は間違いないと判断した。

 デミャニュクはウクライナ出身の旧ソ連軍兵士だった。ドイツ軍の捕虜となった後、訓練を受けて看守になった。戦後はアメリカに移住したが、過去の経歴が発覚。イスラエルの裁判所で「別の収容所の看守」だったとして死刑判決を受けた。しかしその後に人違いが判明し、改めてドイツで裁判を受けるという、極めて複雑な経緯をたどった人物だ。

 デミャニュクはドイツの裁判所では黙秘したが、「私はナチの被害者であって、加害者ではない」と一貫して主張していた。英紙ガーディアンによると、有罪判決を受けた後、弁護人は「ドイツがホロコーストに対する責任を逃れるために、外国人がドイツ人の犯罪の代償を負うべきなのか?」と憤ったという。デミャニュクは上訴したが、判決の翌年の2012年、高齢者施設で亡くなった。

収容所勤務から70年以上経過した
97歳の女性が法廷に立つ

 この判決を追い風に、ドイツの当局は改めて訴追の可能性がある人物のリストアップを進めた。その波は今も続いている。

 2022年6月には同じザクセンハウゼン強制収容所で看守を務めていた別の男性(当時101)に禁錮5年の判決が、その年12月には、シュツットホーフ強制収容所のタイピストだった女性(同97)に執行猶予付き禁錮2年の判決が言い渡された。

 収容所に勤務していたとはいえ、直接の加害行為に加担しうる立場にあった親衛隊員や看守ではなく、一般の事務職でも「大量殺害を目的とした収容所に勤務していれば有罪」とみなされ、注目を集めた。

 女性は、収容所の所長らの口述指示を文書に起こす作業などをしていた。商業学校を卒業した後は銀行に勤めており、優秀な事務員だったという。