アウシュヴィッツ第一強制収容所アウシュヴィッツ第一強制収容所 Photo:PIXTA

ドイツではユダヤ人らの迫害に関わった人物への裁判がいまでも行われる。そのたびに争点となるのが、強制収容所で働いていただけの人まで罪に問えるのかという問題だ。残虐行為に直接手を染めていない者への追及は、なぜ必要なのか。※本稿は、ジャーナリストの中川竜児『終章ナチ・ハンター』(朝日新聞出版)の一部を抜粋・編集したものです。

タワーAから入って
ステーションZで死に至る

 ザクセンハウゼンは、収容者に労働させ、搾取することを目的とした強制収容所だったが、処刑場や火葬場(焼却炉)、ガス室も備えていた。処刑場などはタワーAから見ると、敷地の左手奥にあり、「ステーションZ」と呼ばれていたという。アシュトリット・ライ(編集部注/ザクセンハウゼン強制収容所追悼博物館の副館長)は理由をこう説明した。

「収容者はまずタワーAから入って、Zで死に至る、そういう流れだったのです」

 ステーションZがあった場所に建てられた屋根付きの施設を目指して歩く。処刑をしたという坑が残り、破壊された焼却炉が並んでいた。

 ザクセンハウゼンでは過酷な強制労働や病気、飢え、処刑などにより、推定で10万人が命を落としたとされる。

 元看守の男性はこの地で勤務した1943年7月から1945年2月までの期間に、約3300人の殺害を幇助したとして訴追されていた。ただ、男性の罪は「何年何月何日何時ごろに、この収容者をこういう方法で殺害した」という具体的なものではない。

 男性は駅に到着した収容者の移送や収容所内での警備を担当していたとされるが、収容者を処刑したり、ガス室に押し込んだりした、といった証拠はなかった。