そして、まさにその薬を飲んだ数時間後、僕の身体から一切の違和感が消え去ったのです。これもまた、教科書通りの処方箋が効かないという「外れ値」に対して、ドクターの経験と直感が働いた「センス」が為せる業だったのだと思います。
また、ある野球専門の整形外科医と話をした際、非常に興味深いことを言っていました。「肩や肘は、実際にメスを入れて開けてみないと、本当の状態はわからない。画像診断だけでは限界があるんだ。だから、手術室に入ってから術式を変更することだって珍しくないよ」と。
さらに彼は続けて「投球する場面のない一般の方なら、関節をガチガチに縫合して安定させてもいい。でも、プロ野球選手は違う。復帰して、また150キロのボールを投げるためには、関節に適度な『緩さ』をあえて残す必要がある。どのくらいの強度で縫合すれば、その絶妙なバランスを保てるのか。それを手術をしながら、その場で考えているんだ」と言いました。これもまさに、ロボットには決して真似のできない、人間のセンスが光る領域です。
長年メジャー球団のアジア担当スカウトとして働いている知人も、同じような視点を持っています。彼が注目するのは、選手の技術や身体能力だけではありません。「打たれたときに、ベンチでどう振る舞っているか」「痛打された次の日、どんな表情で練習しているか。調子がいいときとのテンションの差はどれくらいあるか」──。そういった部分を観察し、レベルの高いメジャーの世界で、困難に立ち向かえるメンタリティがあるかどうかを見極めるのだと言います。
僕自身がシアトル・マリナーズに入団したとき、獲得を進言してくれた当時のスカウト部長が、後になって嬉しい言葉をかけてくれました。
「大雨の千葉マリンスタジアムでの君の登板を覚えているよ。初回に4失点して、さらに雨で試合が1時間も中断した。普通なら集中力を保つのが難しい、とても野球ができる状況じゃなかった。エースの君なら、マウンドを降りることもできたはずだ。でも君は、中断後に再びマウンドに上がると、2回から7回まで、雨を気にするそぶりも見せずに投げきった。あの姿を見て、君の獲得を決めたんだ」







