幼い頃の経験が
感性を育てる
「センスを磨く」という言葉は、「感性を磨く」という言葉に置き換えてもいいのかもしれません。そう考えると、僕は幸いなことに、幼少期から感性を磨く経験をたくさんさせてもらってきたように思います。
両親はたくさんの本を買い与えてくれましたし、時間があれば美術館にも連れて行ってくれました。幼い頃に育まれた好奇心は今も健在で、時間を見つけては博物館を訪れたり、オーケストラのコンサートに足を運んだりもします。コーヒーが好きで、豆の産地ごとの香りや味わい、コクの違いをじっくりと楽しむことも、僕にとっては大切な時間です。
『こうやって、僕は戦い続けてきた。』(菊池雄星、PHP研究所)
こういった一見、野球とは無関係に見える経験が、どこまで直接的にマウンドでのパフォーマンスに影響するかはわかりません。しかし、いろいろな角度から物事を見る視点、些細な違いに気づくための感性を養ってくれていることは、間違いないと思っています。
一方で、「気づくこと=傷つくこと」とも言えます。こう見えて、僕は、人よりも繊細に物事の変化に気がついてしまう人間です。人の表情の些細な変化から、その人がどのような気持ちでいるか、なんとなくわかってしまう。それは多くの場面で長所として働くのですが、時として、気づかなくてもいいことにまで気づきすぎてしまい、余計なことまで考えてしまいます。
そういう意味では、「傷つく」機会も人より多いのかもしれません。「もう少し鈍感であったなら、どんなに楽だろうか」と思うこともありますが、こればかりは僕の性格なのでどうしようもありません。
これから先、野球界はさらにデータとテクノロジー重視に偏重していくでしょう。だからこそ、僕は「目に見えないところにどれだけ気がつけるか」という感性を、これからも大切に磨いていきたいと思うのです。







