かれは人当たりの良い好青年で、世代も住所も近かったが、肝心の私が好青年ではないせいか、その後は特に連絡を取り合うようなこともなかった。
ただ一度だけ家の近所で遭遇し、そのまま晩ご飯を食べに行ったことがある。
目の前のホカホカご飯より
ビジネス電話の対応が優先
かれはますます忙しい様子で、とにかく電話が鳴り止まない。
「幕張メッセの仮おさえ費用を貸してほしい」とか、「電子決済の機器を大量に作るための初期費用を出してほしい」というような、融資の誘いが次から次へと舞い込んでくる。とにかく頻繁に席を立つので、卓上のご飯は完全に冷え切って、先っちょがカピカピに固まった。
それを見た私はスマートフォンの通知を切り、食事に集中することを決意する。普段行く機会のないお店だったので、絶対に楽しんでやろうと意気込んだ。
かれはビジネスチャンスで、私はホカホカご飯チャンス。それぞれがそれぞれの獲物に本気で向き合っており、どちらが欲深いかについては判断しかねる。ある意味では我々は、ふたりともストイックだといえるかもしれない。
とっくに働かなくても良いくらいの資産が揃っているというのに、それでもかれは身を粉にするように働き続ける。楽しんでいるならそれも良いが、どこからどう見ても疲れていて、明るい話も出てこない。
資産を増やすことが目的化した
伝説の投資家の末路
もっと過激な例もある。伝説の投資家、ジェシー・ローリストン・リバモアの人生はさらに激しく、劇的だった。
1900年代のはじめ頃、相場師として名を馳せていたリバモアは、株取引を中心とした金融商品の売買を繰り返し、爆発的な利益を上げた。たった1日で1億ドル(現在の貨幣価値で約7000億円)以上の売買益を出したという記録も残っている。
しかしかれの残した伝説は、輝かしいものばかりではない。
『お金信仰さようなら』(ヤマザキOKコンピュータ、穴書)
その4年半後には、人生4度目の破産を経験している。そして、さらに6年半が経ったある日、「どうしようもない。事態は悪くなるばかりだ。私は戦うのに疲れた。もう続けていけない。私にはこれしか方法がない」と書かれた遺書を残し、拳銃による自死でその生涯を終えてしまう。
1億ドル以上の利益が出た時点で株式市場から身を引いて、安全な街に家でも建てて、ゆっくり暮らせば良かったのではないか。きっと誰もがそう思うだろうが、なかなかそうはいかないらしい。
すでに十分な財産を持っているように見える人物でも、お金への欲求は止まることがない。かれらにとっては、お金の使い方よりも、お金を手にいれること自体が重要なのだ。ギャンブルや薬物の中毒症状にどこか似ている。
特に短期間で巨大な資産を築いた人は、無謀なまでのリスクを冒したり、一生分の時間を支払ってでも蓄財に熱中するケースが多く見られる。
このようにお金が目的化し、人生観がお金に置き換わってしまった例は数えきれないほど存在する。







