「マナーモードでも写真を撮ると音が鳴る」はこのとき生まれた
――当時、ユーザー調査をされたと思いますが、どんな使われ方が多かったんですか。
高尾:そうですね。やっぱり女性が多くて、友人と一緒に遊んだ写真とかが多かったと思います。ただ、医療の現場や裁判資料など想定していない使い方もあって、意外と言えば意外でしたね。
――マナーモードでも音が出るようにするのも高尾さんが責任者として主導したと聞いています。
高尾:当時、有名タレントがカメラで盗撮したというニュースが聞こえてきて、これは社会問題になるなと思ったのです。マナーモードで音を鳴らさないで盗撮する輩(やから)はたぶん出てくるだろうと。昔(編注:開発当時、1990年代)は携帯電話を使っている人たちって、けっこうやんちゃな人が使っているイメージが強かったんです。それに盗撮が加わったら、もう大変なことになりそうだなと思って、マナーモードでも音が鳴るようにしたのです。
→後編「「写メール」で世界を変えたJ-PHONEはなぜ消えたのか?」に続く
高尾慶二
たかお・けいじ/高知酒造株式会社 取締役、一般社団法人リーマンサットスペーシズ アドバイザー
国立佐世保工業高等専門学校(高専)電気工学科卒、国立豊橋技術科学大学(院)電気・電子工学専攻修了。1984年にマツダ入社。電装品、カーオーディオやカーナビの商品開発及び衛星通信の研究開発を担当。業務の傍ら、マツダ初の第一級無線技術士&第一種伝送交換主任技術者の国家資格を取得。1992年、東京デジタルホン(J-PHONE)へ出向し、カメラ付きケータイ(写メール)や電池残量ピクト、メール着信ピクトなど、現在グローバルでデファクトスタンダードとなっている数多くのサービスや機能を生み出した。その後、モルフォ、富士ソフト、みらかホールディングスなどを経て、現在は高知酒造の取締役。
たかお・けいじ/高知酒造株式会社 取締役、一般社団法人リーマンサットスペーシズ アドバイザー
国立佐世保工業高等専門学校(高専)電気工学科卒、国立豊橋技術科学大学(院)電気・電子工学専攻修了。1984年にマツダ入社。電装品、カーオーディオやカーナビの商品開発及び衛星通信の研究開発を担当。業務の傍ら、マツダ初の第一級無線技術士&第一種伝送交換主任技術者の国家資格を取得。1992年、東京デジタルホン(J-PHONE)へ出向し、カメラ付きケータイ(写メール)や電池残量ピクト、メール着信ピクトなど、現在グローバルでデファクトスタンダードとなっている数多くのサービスや機能を生み出した。その後、モルフォ、富士ソフト、みらかホールディングスなどを経て、現在は高知酒造の取締役。
遠藤 諭
えんどう・さとし/ZEN大学コンテンツ産業史アーカイブ研究センター(HARC)研究員
1956年生まれ。ZEN大学客員教授(IT産業史)、『MITテクノロジーレビュー』日本版アドバイザー。1985年に株式会社アスキー入社、『月刊アスキー』編集長。株式会社アスキー取締役、角川アスキー総合研究所主席研究員などを歴任。著書に日本のエレクトロニクスのパイオニアに取材した『計算機屋かく戦えり』、『ゼネラルパーパステクノロジー』(野口悠紀雄氏との共著)など。
えんどう・さとし/ZEN大学コンテンツ産業史アーカイブ研究センター(HARC)研究員
1956年生まれ。ZEN大学客員教授(IT産業史)、『MITテクノロジーレビュー』日本版アドバイザー。1985年に株式会社アスキー入社、『月刊アスキー』編集長。株式会社アスキー取締役、角川アスキー総合研究所主席研究員などを歴任。著書に日本のエレクトロニクスのパイオニアに取材した『計算機屋かく戦えり』、『ゼネラルパーパステクノロジー』(野口悠紀雄氏との共著)など。







