学校の授業で学ぶ歴史には、偉人たちの輝かしい功績や「すごい」エピソードが数多く登場します。しかし、どんな人物にもそれだけでは語れない一面があります。歴史をひもとくと、「すごい」人の中にも、思わず目を疑うような「やばい」行動や選択が、数多く記録されているのです。
そんな「すごい」と「やばい」の両面から、日本史の人物のリアルな姿に迫るのが『東大教授がおしえる 超!やばい日本史』。今回取り上げるのは、「貧窮問答歌」で有名な山上憶良です。
Photo: Adobe Stock
すごい:「貧窮問答歌」で貧しい庶民の気持ちに寄り添う
奈良時代の歌人で、『万葉集』に多くの作品を残した山上憶良。
とくにかれの「貧窮問答歌」は、税に苦しむ貧しい庶民に寄りそう歌として有名で、リアルな社会問題を描く視点を日本文学にもたらしました。
貧窮問答歌(意訳)
(前略)わたしは人並みに働いているのに、袖のないぼろぼろの服しかない。
つぶれかけた家では地べたに直接わらをしいて、父母も妻も悲しんでいる。
食べるものもないのに、税を取り立てるムチを持った里長の声が聞こえてくる。(中略)
世の中はこんなにつらいけれど、どこかへ飛んで行ってしまうことはできない。
わたしは鳥ではないから。
(前略)わたしは人並みに働いているのに、袖のないぼろぼろの服しかない。
つぶれかけた家では地べたに直接わらをしいて、父母も妻も悲しんでいる。
食べるものもないのに、税を取り立てるムチを持った里長の声が聞こえてくる。(中略)
世の中はこんなにつらいけれど、どこかへ飛んで行ってしまうことはできない。
わたしは鳥ではないから。
やばい:庶民の苦しみを読んだけど、自分はセレブ
当時の庶民の税負担は重く、戦争になれば男性は「防人(さきもり)」という兵役の義務まであり、残された家族もとても苦しい生活を送っていました。
そんな庶民の苦しみを「貧窮問答歌」に詠んだ憶良本人は、じつは「五位」という官位の貴族でした。
いまでいうと年収1400万円もあり、約7200㎡もある広大な土地をもち、豪華な料理を食べて暮らしていたのです。
イラスト:和田ラヂヲ(『東大教授がおしえる 超!やばい日本史』より)
当時の日本の人口は約400万人で、五位以上の貴族はたったの約150人。
そんな選ばれしセレブの生活は、もちろん庶民の税で成り立っていましたが、憶良が庶民のためにその生活を変えた、という記録はとくに残っていません。
(本原稿は『東大教授がおしえる 超!やばい日本史』からの引用です)









