国会議員からタレントに転身。今では投資家・実業家など、さまざまな顔も持つ杉村太蔵さん。なかでも投資家としての実力は“超一流”と自負しているという。果たして、それほど自信を持つ根拠とは何なのか? そこで、今回は太蔵流・資産づくりの秘訣についてインタビュー。有望株を探すコツも教えてもらった!(ダイヤモンド・ザイ編集部)

「ダイヤモンド・ザイ」2026年5月号の「あの人に聞きたい! おカネの本音!」を基に再編集。データはすべて雑誌掲載時のもの。

就職氷河期で派遣スタッフとして社会に出るも、
度胸を買われて外資系金融に就職⇒その後は国会議員に!

――杉村さんと言えば、2005年に“小泉チルドレン”の一人として最年少衆議院議員(当時)となり、その後はテレビタレントに。でも、それ以前のことはあまり知られていないですよね。

杉村太蔵さんプロフィールタレント・投資家・実業家 杉村太蔵さん●1979年8月13日、北海道旭川市出身。2004年3月筑波大学中退。派遣社員から外資系証券会社勤務を経て、2005年9月衆議院議員総選挙当選。現在は、テレビ・ラジオ・雑誌などメディアで活動する一方、派遣社員から国会議員、落選して無職からタレントに転身という自身の経験を交えながら、「政治・経済」をテーマに語る講演活動を全国で行う。

杉村さん こう見えてもスポーツ少年で、幼少期からテニスに没頭していました。高校3年のときには、国体(現・国民スポーツ大会)で優勝したんですよ。おかげで、スポーツ推薦枠で筑波大学体育専門学群に入学できたのですが、6年在学した挙句に中退。当時は超就職氷河期だったので、卒業できなかった人間を雇ってくれる会社はなく、派遣スタッフとして社会人生活をスタートさせました。

――大学を中退されたのが2004年。それから1年ちょっとで国会議員になったのですね。

杉村さん ビル清掃の会社に派遣され、とある外資系証券会社の掃除を担当することになったんです。そこで働くカナダ人の営業幹部と仲良くなり、ある日「ウチで働いてみないか?」と誘われたんです。嘘みたいな話ですが、そのカナダ人と会うたびに、時代劇のお殿様のように「ははーっ」と持ち上げたりしたことが面白がられたみたいですね。物おじしないところに、度胸と人間味を感じたのでしょうか(笑)。

――それで、そのまま就職を?

杉村さん はい。といっても、いきなり株の営業なんてできません。まずは、株式調査部というところに配属され、企業分析のアシスタントのような仕事を担当しました。この部署で、超絶優秀な外資系アナリストの皆さんにかわいがってもらい、銘柄分析のイロハを教わったのが、「投資家・杉村太蔵」の成長に役立っています。

 それと、この部署にいたからこそ国会議員になる道が開けたんです。というのも、部の調査活動の一環として「郵政解散選挙の動向を調べなさい」と上司に命じられたのです。そこで、調べてみると自民党が立候補者を公募していることがわかりました。そして、駄目もとで論文を送ったところ、通っちゃったんです。あとは、ご承知のとおり。外資系証券マンから晴れて国会議員になったけど、いろいろあって1期4年で“お役御免”となりました(笑)。

――でも、その後はテレビタレントとして長くご活躍されていますよね。かなり稼いでいると思いますが、なぜ投資を行っているのですか?

杉村さん テレビタレントって、かなり不安定な商売なんですよね。私の場合、一応『サンジャポ』(『サンデー・ジャポン』TBS系)の準レギュラーということになっていますが、たまたま毎週出演のお声が掛かっているだけで、継続が保証されているわけではありません。

 思い返せば、派遣の時代から収入は不安定だったし、国会議員だって、おカネの面では安泰じゃありません。今年初めに引退された菅義偉元総理は、議員歴30年なのに退職金や年金は1円ももらっていません。法律が変わって、もらえなくなってしまったんです。いろいろ考えると先々のことが不安なので、投資はしておくべきだと考えるようになりました。