自分の子どもに、かつて自分がやりたくてもできなかったことをやらせたい。自分が達成できなかったことを我が子に実現させたい。そんなふうに子どもを「自分の第二の人生」のように考えてしまう人も少なくない。書籍『私たちはなぜ「やるべきこと」をやれないのか、「やめたいこと」をやめられないのか』(キム・ソクチェ著/岡崎暢子訳)では、神経内科専門医として脳科学分野の第一線で活躍する著者が、「自分の感情や欲望に振り回されずに生きる方法」を、脳科学・心理学・哲学の視点から解説。子育てに関する章では、親の理想を押しつけずに、子どもの成長を見守る方法を紹介している。本記事では本書の発売を記念して、その内容を一部抜粋・再編集して紹介する。

子どもは親の“第二の人生”ではないPhoto: Adobe Stock

「子どもの合格」は親のトロフィー?

SNSに友人のこんな投稿が流れてきました。

「うちの子、名門幼稚園に合格しました!」

はたして、これは本当に「うちの子」の成果でしょうか。それとも、友人のトロフィーでしょうか。

ただひとつ言えることは、子どもの写真にハッシュタグをつけてSNSにアップした瞬間、この合格が「親の展示物」になるということ。

まるで「人生二周目―今度は失敗しない!」というプロジェクトの成果発表のようです。

我が子を「自分の物」のように考えてしまう

ただ、無理もありません。たいていの親は、我が子を「自分の持ち物」のように考えがちだからです。

自分のDNAが入った人間を自分で育てるのですから、手づくりの作品のように感じても仕方のないことかもしれません。

これには、プラトンやニーチェといった哲学者たちが警鐘を鳴らしています。

「我が子とはいえ、独立した人格である。親のリベンジを果たす分身じゃないんだぞ!」

そんな警告も、実際に子育ての現場で奮闘している親たちには馬耳東風でしょうね。

「へえ、◯◯ちゃんは独立した人格なんだって。でも絶対に名門大に合格しようね。英語も毎日やろうね」と、とんだパラドックスライフを生きているかもしれません。

この矛盾は、親の脳の深いところに刻まれた欲求から来るものです。

親による「理想の押しつけ」によって起きること

問題は、この欲求が子どもの潜在能力とかみ合わないときです。

スズメに向かって「なぜタカになれないの!」と問いつめるように、子どもの性質や意に沿わない親の理想の押しつけは、子の持つ潜在能力にフタをしたり、強い反抗心を招くだけでなく、最悪の場合は深刻なメンタルの問題まで誘発しかねません。

子どもを所有物のように感じる親の本能を改めることは難しいですが、「子どものため」と思っていることが「本当にそうなのか、実は自分の望みではないのか」を一度立ち止まって考えてみることは可能です。

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『私たちはなぜ「やるべきこと」をやれないのか、「やめたいこと」をやめられないのか』では、「わかっちゃいるけどやめられない衝動」を分析し、その衝動を止める方法を多数紹介。子育てに関する章では、子どもの潜在能力を伸ばすための「真の子育て戦略」を探っています。

(本稿は『私たちはなぜ「やるべきこと」をやれないのか、「やめたいこと」をやめられないのか』から一部抜粋・再編集した記事です)