山本は24年に『【実録】ジャパン女子プロレス』(彩図社)という本を出版している。ジャパン女子の旗揚げから崩壊までを描いたドキュメンタリーだが、どう考えてもジャッキーvs神取の話が目玉になるはず。

 もちろん、この試合に関する背景については詳細に綴られているが、肝心の試合内容については「動画がインターネットに上がっているので、興味のある方はそちらを観ていただきたい」とバッサリ斬り捨ててしまっているのだ。

シュートマッチはどういうものか
誰もわかっていなかった

 同書で山本はこの試合について「起きてはいけなかったこと」と断言し、試合内容を詳しく書かなかったことに関しては、この試合に対する不快感と、当日、観戦したお客さんに対する罪悪感を表明している。

 そもそもの話、このケンカマッチは突発的に起きたものではなかった。ジャッキーも神取も、さらにはジャパン女子の経営陣やリングスタッフもシュートマッチになることを事前にわかっていた。

「試合の数日前にレフェリーの福士(健一)君から『どうやらコレ(シュートサイン)でやるみたいですよ』と聞きました。びっくりしましたけど、当時はプロレスにおけるシュートマッチってどういうものか、誰もわかっていなかったんですよね。

 イメージとしては第一次UWFの試合。そうなんですよ、試合のあった87年の時点では、まだ新生UWFは旗揚げすらしていませんし、もっと言えばUFCが始まる5年も6年も前ですから、想像すらつかない。

 業界の隠語としてシュートとかガチンコというワードはありましたけど、そういう言葉を使っていれば、なんか業界人っぽく見えるなって程度の認識で、言葉が持つ本当の意味は誰もわかっていない時代だった。そういう大前提があるんです」

背景にあったのは
ジャパン女子の経営不振

 事前にシュートマッチになることがわかっていたのは、神取がそれを公言していたからだ。

 この試合の12日前の大会でタッグマッチで対戦した際、ジャッキーの攻撃によって神取は右目を負傷。もともと傷めていた箇所を狙われたことを故意だと認識した神取は、87年7月18日の大和車体工業体育館での試合を最後に、ジャパン女子から去ることを表明。