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エネルギー危機が再び現実味を帯びる今、企業は何を学ぶべきか。1973年のオイルショックで多くの自動車メーカーが判断を誤る中、トヨタは生産を減らし、逆に増益を達成した。その背景には、元副社長の大野耐一氏の「ムダ」を徹底的に排除する思想があった。(イトモス研究所所長 小倉健一)
オイルショック時、トヨタと他の自動車メーカーは何が違ったか
中東のイラン情勢が極めて緊迫している。エネルギー供給の不安が世界中を覆い尽くそうとしている。原油価格の高騰はあらゆる物価を押し上げ、企業経営に重い負担がのしかかる。
エネルギー資源を海外からの輸入に頼る日本にとって、対岸の火事ではない。生活やビジネスの根幹を揺るがす重大な危機である。負の連鎖が始まりつつある。
かつて日本経済は、類似のエネルギー枯渇危機によって強烈なダメージを受けた。1973年に発生したオイルショックである。第4次中東戦争をきっかけに、原油の供給が細り、あらゆる資源の値段が4倍以上に跳ね上がった。
トヨタ自動車75年史にはそのときの模様がこう記されている。
《トヨタは自動車の生産に必要な資材・部品に入手困難なものが増え、対策に忙殺された。また、原油価格の引き上げに伴って諸資材の価格も高騰し、その値上がりは原価改善、消費節約といった懸命な企業努力を上回るものとなり、1974年1月には、国内向け全車種での価格改定を余儀なくされた》(トヨタ自動車75年史『第4節 石油危機への対応』)
物不足と物価高騰が同時に襲いかかってきた。自動車を作るための部品が手に入らず、作れば作るほど赤字になる危険すらあった。普通に考えれば、自動車が売れない時期には生産を減らすべきである。しかし、多くの自動車メーカーは、生産のペースを落とす決断を下すことができなかった。
なぜ他社は減産できなかったのか。大量生産と大量在庫を前提としたビジネスモデルに深く依存していたためである。







