VR(バーチャル・リアリティ、仮想現実)やARの技術によって、時間も空間も超えてつながることが可能になり、距離や時差といった制約はほとんど意味を持たなくなるでしょう。
コミュニケーションはより即時的、かつグローバルに広がり、人と人とのつながりが、かつてないほど深まると期待されています。もう、相手が人かロボットかも気にしなくなるのかもしれません。
しかし、その一方で、ふと立ち止まって考えてしまうのです。
このような「便利さ」や「スムーズさ」の中で、人は本当に、相手の気持ちに気づき、丁寧に受けとめる力――感情リテラシーを育てていけるのだろうか?と。
相手の表情の微妙な揺らぎや、声のトーン、間の取り方、沈黙に含まれる意味。
そういった「空気」や「気配」のようなものは、テクノロジーのなかでどれほど再現できるのでしょうか。
もし、感情の機微に触れる機会が減り、「察すること」や「想像すること」を経験しにくくなるのだとしたら。技術が進化するほどに、感情の読み取りや自己表現の力が弱まっていくのではないかという不安も拭いきれません。
これからの時代だからこそ、ただ“つながる”だけでなく、「どう気持ちを伝え、どう気持ちを受けとめるか」を大切にする姿勢が、ますます重要になってくるのではないでしょうか。
インターネット上の教室に
アバターで登校する子ども
客観的に見れば、コミュニケーションの手段はたしかに進化し続けています。その歩みは技術の発展とともに加速してきました。
そして実際に、「人とのつながり」もまた、新しい形へと広がっているように見えます。
たとえば、自治体によって温度差はあるものの、フリースクールなどでは、すでにこうした新しいツールが導入されつつあります。
最近では、インターネット上の仮想空間「メタバース」を、不登校の子どもたちの居場所として活用する動きが広がっています。自宅にいながらでも、パソコン上の「アバター」を通じて、同じ空間に集まった仲間とつながり、対話や活動ができる――そんな取り組みです。







