実際、文部科学省も、このメタバースを教育支援の1つとして後押ししており、活用の可能性が注目されています。
下の写真は、東京都渋谷区がメタバース内に設置した教室に、制服姿のかわいらしい男の子のアバターが入室してきた様子です。アバターを操作しているのは小学3年生の児童です。(『読売新聞オンライン』2024年4月6日より)。
同書より転載 拡大画像表示
ここには、平日午前8時から午後6時まで、スタッフや公認心理師のアバターが常駐しています。子どもは好きなときにニックネームで入室し、公認心理師に相談したり、他の参加者とゲームで遊んだりできます。男子児童の感想は、「直接会うより気楽」と、気に入っている様子とのことです。
VRの中で学んだことを
現実世界で応用できるかが重要
この教室は、登録した子どもしか入れないことと、常に大人がいることで、安心な環境が整えられています。記事の中で、指導主事の方は、「素顔を出さず家から参加できるので、ハードルが低いようだ」と話しています。
このように、技術はたしかに、「出会い」や「参加」のハードルを下げ、多くの子どもたちに新たな可能性を開いているのかもしれません。
けれど一方で、ふと疑問も湧いてきます。果たして、こうした仮想空間での交流が、子どもたちにとってサステナブルな「本当のつながり」や「心の安心」を育むものになっていくのでしょうか。
『怒っている子どもはほんとうは悲しい 「感情リテラシー」をはぐくむ』(渡辺弥生、光文社)
目の前に人がいなくても、笑顔や声の揺らぎがなくても、感情は届き、受け取られているのでしょうか。一時的には居場所になっても、これからの長い人生で、親から自立して生きていく強さにつながっていくでしょうか。つながっていけるのなら、安心ですが、まだエビデンスがないのが歯がゆいところです。
技術が進化しても、それを支える人や仕組みはまだ追いついていない現実もあります。実際、こうした環境を安心して運用できる人材は常に不足しており、支援体制には課題も多く残されています。
仮想空間が生み出す「新しいつながり」が、子どもたちの心のよりどころになるのか、それとも孤独を覆い隠す仮面のような存在になってしまうのか。
テクノロジーの恩恵を活かしながらも、私たちはこれからも、「心が触れ合うつながりとは何か?」という問いを忘れてはいけないのだと思います。
このようなVRの中で、安心を感じながらも、ここで学んだことをリアルな世界で応用できる仕組みが求められます。







