近年急速に普及した生成AIは文章・画像・音声・動画といった新しいコンテンツを創り出す能力を持つ。従来の検索が結果の取捨選択をユーザーに委ねていたのに対し、生成AIは「旅行を計画して」「ニュースを要約して」と伝えるだけで、意図に沿って情報を再構成する。インターネットが情報を探す力を与えたとすれば、生成AIは情報を理解し使いこなす力を拡張する技術であり、情報との向き合い方を根底から変える。

PwC Intelligenceの新刊書籍『産業融合 インテリジェンスから解く分断・統合・再興』から、今回は『5章1 知を統合するテクノロジー ――生成AIがもたらす産業融合革命』『5章2 データがつなぐ産業融合の時代』より抜粋し、生成AI時代に、日本企業が進むべき方向をお伝えする。(全3回中の第2回)

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生成AI時代における日本企業の競争優位

 生成AIの進化は、もはや一部の先進企業だけの話ではなく、社会全体の産業構造や競争の前提を変えつつある。この変化は短期・中期・長期を通じて着実に進み、あらゆる産業のあり方を再定義していく。こうした中で、日本企業がどのように戦略を転換し、生成AI時代における新たな競争優位を築いていくのか。

 大規模言語モデル(LLM:Large Language Model)の開発には巨額で継続的な投資が必要で、現状は米中のビッグテックが先頭を走る。彼らは年間数千億〜数兆円規模の投資を継続し、数億人規模のユーザー基盤から得た収益を再投資して技術的リードを強化している。

 一方、図表5-2のとおり、日本の投資額はその10分の1、あるいは100分の1程度にとどまる。加えて、市場規模と収益構造の制約から、同水準の投資を継続しにくい。また、生成AIは使われるほど賢くなる(利用データによるフィードバック・ループ)構造を持つため、英語圏と比べ利用データが相対的に少ない日本語では、学習データ量の差が構造的な不利につながる。

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 日本が開発すべきは、産業で培ってきた強みを活かした「小型」「分野特化」「ローカル」に焦点を置くモデルである。いわゆる小規模言語モデル(SLM:Small Language Model)は、数億〜数十億パラメータ規模の比較的軽量なモデルで、限られた計算資源でも開発が可能だ。

 開発コストを抑えながら特定領域に特化させやすく、汎用的な知識の網羅性ではLLMに劣るものの、産業固有の領域ではLLMを上回る実用性を発揮する可能性がある。日本の勝機は、まさに自社の専門知識やデータを活かした特化型モデルの開発にある。

小さくつくり、特化させ、ローカルで使う

 LLMの限界は、学習データが公開情報に偏っている点にある。そのため、企業の高品質データやノウハウを十分に学習できない。また、汎用性を追求するほど出力が平均化し、正確性が求められる場面ではハルシネーション(誤情報の出力)のリスクが高まる。一方、SLMは機密性の高い専門知識やデータを安全に学習させることで、限定された領域ではより深く正確な知識を獲得できる。

 さらに、日本語という閉じたデータ環境も、国際的に見れば独自性と競争力の源泉となりうる。日本はデータ活用の遅れが指摘されることもあるが、SLMの開発においては、むしろ閉じているが良質なデータこそが優位性となる。

 日本のデータは、量ではなく質と多様性において際立っている。例えば製造業では、製造プロセスや不良解析、熟練技能データなどが時系列で詳細に記録され、失敗の履歴までも残されている。品質管理を極限まで高めるため、ミクロン単位の振動や温度、圧力といったデータを継続的に取得しており、成功事例だけでなく不良発生時の記録や職人の微調整まで蓄積されている。なぜ失敗したのかを理解することが重視される製造業では、こうした精密な失敗データがSLMの精度向上を支える学習資源となる。

 医療・ヘルスケア分野でも同様に、日本は高品質なデータ資産を持つ。国民皆保険制度のもとで蓄積されるレセプト(診療報酬明細)や臨床・画像データは、網羅性と信頼性の両面で世界的に見ても優れている。欠損や誤情報が少ないこうしたデータは、AIによる診断支援モデルの開発に極めて適しており、精度面でLLMより優れた成果を上げる可能性がある。

 また、小型・特化型モデルの競争力の源泉がデータにある以上、その流出防止は極めて重要だ。その解決策の1つがローカルモデルの活用である。ローカルモデルとは、クラウドではなく自社サーバーや端末上でAIを稼働させる仕組みを指す。これにより、機密データを外部に出さずに社内処理ができ、セキュリティを確保できるほか、インターネット接続がなくても自社データで独自モデルを開発できる。

 小規模モデルは開発・運用コストが低く、ローカル環境での実装にも適しており、セキュリティや特化性を重視する運用方針とも相性がよい。つまり、「小さくつくり、特化させ、ローカルで使う」ことこそが、日本の現実的かつ持続的な生成AI開発の方向性である。