運が悪いことは、偶然なのか?
人生は、思っているよりもずっと短い。限られた時間を「自分第一」で生きるためにはどうしたらいいのだろうか?
その答えが、『人生は気づかぬうちにすぎるから。「自分第一」で生きるための時間術』(クリス・ギレボー著、児島修訳)にある。本稿では同書から特別に一部を公開する。(構成/ダイヤモンド社書籍編集局・佐藤里咲)
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運が悪い人の思考のクセ
「なんで自分だけ、運が悪いんだろう」
手も抜いていないし、むしろ人より頑張っている。
それなのに、なぜか結果がついてこない。
いいタイミングも逃すし、チャンスも人に持っていかれる。
もしこの感覚に覚えがあるなら、原因は偶然ではない。
あなたの“運”は、ある思考のクセによって削られている。
それが、「つねに最善を尽くすべき」という考え方だ。
一見、この考え方は正しい。むしろ褒められる考え方だ。
だが、この思考に縛られている人ほど、運を引き寄せられない。
つねに最善を尽くそうとするのはやめよう
なぜなら、最善を尽くそうとするほど、動きが遅くなる。
判断が重くなり、機会を逃す。
本来なら“試せばいいだけ”の場面でも、完璧を求めて足が止まるからだ。
多くの人は、「つねに最善を尽くすべき」と信じたまま大人になる。それはサンタクロースを信じるよりも厄介であり、タイムマネジメントの神話と同じように、私たちの足かせとなり得る考えだ。
実際は、さまざまな理由から、物事は最善を尽くすよりも、ある程度、妥協をしたほうがいい場合が多い。あらゆることに完璧さや素晴らしさを追求するのではなく、適当にすませられるところはそうしたほうが、人生ははるかに楽になる。
これは直感に反するように聞こえるかもしれない。特に、つねにいい成績を取り、競争では一番になるようにとプレッシャーを感じながら育った人ならなおさらだ。
やるべきことはシンプルだ。
すべてに最善を尽くそうとするのを、やめること。
重要なのは、「どこに力を使うか」を決めること。
全部を完璧にやろうとする人ほど、動きが遅くなり、チャンスを逃す。
運がいい人は、特別ではない。
ただ、早く動き、何度も試しているだけだ。
つまり、運の差は偶然ではなく、「動いた回数の差」だ。
(本稿は、『人生は気づかぬうちにすぎるから。「自分第一」で生きるための時間術』の発売を記念したオリジナル記事です)









