見えないルールが多く、自由度が低い
老沙さんがまず挙げたのは、日本社会に存在する「見えない制約」の多さだった。
たとえば「空気を読む文化」や「暗黙のルール」。明文化されていなくても、周囲に合わせることが求められる場面が多く、行動の自由が狭められているように感じるという。
一戸建てに住み、庭があっても、近隣への配慮から気軽にバーベキューはしづらい。新幹線では弁当を食べることは許容されても、551の豚まんを食べるのは「においが強いから」自粛すべきとされる。エレベーターでは、ドアの近くに立った人が「開」ボタンを押し、最後に降りるのが礼儀とされる。便利なセンサーがあるのに、それでも「そうするのが当たり前」という無言の圧力がある――。老沙さんは、そんな日常の細部に息苦しさを感じたという。
外国人に対しても、「郷に入っては郷に従え」という同化圧力が強いと感じていた。日本社会になじもうと努力しても、自然体で暮らすのが難しい。そこに精神的な疲れが蓄積していった。
「みんな同じ」が前提の社会構造
老沙さんは、日本の教育や社会構造にも違和感を覚えていた。
卒業シーズンになれば、学生たちは一斉に黒いスーツを着て就職活動に臨む。日本社会では、決められたレールの上を進み、「安定した歯車」として機能する限り、一定の安心や保障が得られる。だが、そのレールから外れると、信用や機会が一気に失われやすい。
起業や投資をしようとしても、融資を受けにくい。賃貸住宅を借りることすら難しい場合がある。多様な生き方を許容する社会というより、同質性を前提に組み立てられた社会に見えたという。
「将来、自分の子どもには、こうした社会のなかで育ってほしくないと思った」
それが、家族で日本を離れる決断につながった。
お金があっても解決できないという戸惑い
もうひとつ、老沙さんが指摘したのが、日本社会の「平等重視」のあり方だ。
日本では、高所得者への課税が重く、相続税や贈与税の負担も大きい。老沙さんは「高所得」とされる基準も相対的に低いと感じていた。稼げば稼ぐほど制度上の制約が強くなり、お金があっても自由度がそれほど高まらない。中国や欧米の一部の国に見られるような「経済力で選択肢を広げる感覚」が、日本では通用しにくいというわけだ。
それは裏を返せば、日本社会が強い平等性を保っていることでもある。だが老沙さんにとっては、その仕組みが「安心」ではなく「窮屈さ」として映った。







