そして逆に認知件数が少ない場合は、「ああ良かった」と捉えるのではなく、「教員がいじめを見逃したり、見過ごしたりしているのではないか?」と考えるべきでしょう。
また現在では、認知件数の多寡にかかわらず解消率を上げよう、という考え方に変わっています。
役人体質の教育委員会が
いじめの事実を隠蔽する
学校や教育委員会が、いじめが起きたときに隠蔽しようとするのは、なぜでしょうか。
結局隠蔽しようとする人たちは“役人”で、自己の保身に走ろうとするからです。
学校現場で子どもと接している先生の中には、子どもたちを愛していて、子どものためにと考えて行動する人たちがたくさんいます。しかし教育委員会となると、突然“役人”になるのです。教育委員会の職員は、その役所の中の人事異動でたまたま教育委員会に来ただけの公務員が多く、「今問題が起きると自分の出世が止まってしまう。大過なく過ごすことができればそれでいい」と考えてしまいがちです。
教育委員会の職員を、ずっと教育に携わる専門職として扱い、教育委員会の中で子どもたちのために尽くして働くことで出世ができたり誇りを持てたりするような仕組みを作ったりするだけでも、違ってくるのではないかと思います。
これは学校長も同様でしょう。校長職は、その後出世して教育委員会に入るタイプや、あるいは出世した結果、定年退職直前に地域の名門校の校長になるタイプがあります。名門校の校長になると「ついにここまで来た」という達成感もあるでしょうし、その後の再就職先にも恵まれたりするわけです。
そのため、いじめなどの問題が自分の学校で起きてしまうと「ばれないように隠蔽しよう」という発想が頭をもたげがちなのです。
教師の出世欲が
目を曇らせてしまう
『法で裁けない正義の行方』(池上 彰、主婦の友社)
いじめを見つけたら、先生や校長、教育委員会の人が出世する、くらいの仕組みがあればいいでしょうか。しかしそうなれば、生徒間でいじめだという認識がなかったのに「これはいじめだ、いじめだ」と騒いでいじめをでっちあげる先生が出てこないとも限らないので、やはり難しいでしょう。
ちなみに以前の学校には、校長、副校長、そして教諭しかいませんでした。しかし一部の地方公共団体では、「主幹教諭」などの役職を置いているところがありました。07年に改正された学校教育法により、自治体ごとに任意で、「主幹教諭」や「指導教諭」といった役職が設置できるようになりました。
東京都を例にとると、03年度から「主幹教諭」が導入され、09年度から「主任教諭」が設けられています。主任教諭が設けられる前は、学校内の先生たちの85%が教諭でしたが、23年度時点では、主任教諭が37.4%、教諭が45.9%と、教員(全体)のうちの4割の人が主任教諭になりました。
同書より転載 拡大画像表示
主幹教諭や主任教諭になると、出世するわけですから、給料も上がります。すると「頑張って出世したい」と先生同士の競争が出てきます。
教諭として全員同等の立場で、子どもたちのことだけを考えていればよかった以前と比べて、出世競争にも意識やエネルギーが割かれるというのは、良くない状況だと私は思います。教諭の中での階級は作らず、先生の給料は一律にもっと引き上げるべきでしょう。







