しかし知人は帰宅した子どもから、「どうして嘘をついてはだめなの?」と改めてその理由を追求され、答えに詰まったといいます。あなたならどう答えるでしょうか。
私が答えるとすれば、「嘘を認めると、人の言っていることが嘘か本当かわからなくなり、さまざまな事件が起きたときなどに社会に混乱が広がることもあるから、嘘は社会としてはだめなものなんだ」と伝えるでしょう。
なぜ「人を殺してはいけない」と決まっているのかというと、殺人を許す社会になれば、自分も殺されるかもしれないからです。それと同じで、嘘を許す社会になれば、みんなが嘘をついてお互いに何が嘘で何が本当かわからなくなり、疑心暗鬼になるでしょう。
反対に、「嘘はいけない」という道徳が社会に定着していれば、人の発言をまずは本当のこととして受け止め、世の中が回っていきます。だから基本的に、「嘘はいけない」のです。
小学生に空気を読む
練習をさせる教育現場
ただし社会を円滑に進める上で相手の心を傷つけないためにつく「優しい嘘」もあります。
相手が新しい服を着てきて、嬉しそうに「どう?」と感想を求められたとき、「似合わないね」とずばり言うことは、いくらそう思ったとしてもなかなか言えないでしょう。
ママ友から子どものピアノの演奏会に誘われて、いくら下手だったとしても、「お子さん、下手だね」と本当のことを言ってしまうと相手との関係に角が立つというものです。
子どもに善悪の判断や倫理観や公共のマナーを教える上で、学校の役割は、集団生活を通して人付き合いを身につけることにあります。
理不尽な言動をする人など、世の中にはいろいろな人がいる中でどうやって対処していけばいいのか、協調性を身につけるということです。
とはいえ、「協調性があります」というのは、実は「空気を読めます」ということでもあるのではないでしょうか。そこにはメリットとデメリットがあります。
例えば最近は、チャイムが鳴る前に「チャイムが鳴るだろう」と察して、子どもたちがお互いに声かけをしながら席についておかないといけない「チャイム着席運動」が小学校などの教育現場で流行しているそうです。この運動により、自主性と「空気を読む」協調性を身につけられるといいます。







