チャイムが鳴る前に時間を察しなければならないとは、何のためにチャイムがあるのだろうか、と思います。休み時間に遊びに没頭できず、時計を気にして行動するのは息苦しく、子どもたちにとってストレスではないでしょうか。チャイムが鳴ってから速やかに席につけば、それでいいだろうと思うのですが……。ここまでして子どもに空気を読ませようとするのは、子どもの心身にとってデメリットばかりではないでしょうか。

 以前は私も「協調性は大事だ」と思っていましたが、この歳になって世の中を見渡すと、協調性ばかりを大切にするのはどうなの?と疑問も感じます。

 子どもたちのリーダーシップを育てることも大事で、リーダーシップと協調性、どちらも持てるようになるのがベストでしょう。

 学校で、すべての子どもたちがリーダーの立場を経験できるように、先生が配慮してほしいなと思います。

善悪の判断基準を
教えるのが親の役割

 保護者は最終的に、子どもが自分で善悪の判断をつけられるようになってほしいと思っていることでしょう。そこに至るまで、大人がどう関わっていけばいいのか。

 それは、親自身が善悪の判断をつけることができて、その判断に関して折に触れて子どもに伝えることだと思います。

 例えば殺人事件のニュースを親子で見て、「怖いね」と子どもが言ったときに、「殺人は決してしてはいけないし、普通はしないんだよ。本来こんなことは滅多にないから、ニュースになっているんだよ」などと伝えていくことが大事です。

 政治家や警察官の汚職のニュースなどでも、「本来こういうことはやっちゃいけないんだよ、みんながやらないのに、やったから、珍しくてニュースになったんだよ」と、常にそういう言い方をして、何が悪いのかを伝えていくわけです。

 反対にいいニュースに触れたときには、「人助けをして、この人は偉いね」などと、ポジティブな感想を話し合ってほしいと思います。

子どもの倫理観は
親の言葉に大きく影響される

 NHKで「週刊こどもニュース」を担当していたとき、出演者の子どもの1人が犯罪のニュースについて「なんでバレたんだろうね?バレなきゃよかったのに。バレるなんて、この犯人バカだよね」と歪んだ発言をしたことがありました。

 これは明らかに親の影響でしょう。親が普段からニュースなどを見てそう言っているから、子どもが「悪事を行ってはダメだ」という発想にならず、「バレなければ、悪事を働いたって問題ない」という歪んだ倫理観を植え付けられてしまっているのです。

 子どもの判断力は、大人に比べて明らかに未熟です。「教えなくたってわかるでしょう?」などと思わず、根気強く、「これはいいことだよ」「ダメなことだよ」と伝え続けること。それが、子ども自身が善悪の判断をつけられる人に育っていくために大切なことなのです。

『法で裁けない正義の行方』書影法で裁けない正義の行方』(池上 彰、主婦の友社)

 また、子どもが小学校高学年くらいになって自分の意見を言うようになったら、「あなたがこのニュースに対してそんなふうに感じたのは、どうして?」「私は、こういう理由でこう思ったけれど、あなたはどう思う?」などと、物事の捉え方や思考の過程などについても、親子で対話を深めてほしいと思います。

 正義とは、時代によって変わる不確かなものです。人それぞれの心の中でも、時と場合によって揺れ動くものでもあります。

 それでも、自分の中に一定の判断の軸を持ち、正義から外れた間違った道に進みそうになったときにははっと気付いて、引き返せる人になること。これが、教育の最終的な到達点なのではないでしょうか。