これと対照的に世俗派で右派と答えた者は32%しかおらず、ほぼ同数の30%が左派を自認している。もちろん宗教シオニズムにもさまざまな思潮があり、人権や男女平等、LGBTQや少数派の権利擁護などリベラルな価値観を支持する者もいる。

 だが宗教シオニズム内では近年、右傾化やメシア主義への傾斜がいっそう進み、リベラルな価値観や世俗主義への反感が強まっているとの調査結果もある。

 またかつては反シオニズムの傾向が強かった超正統派内にも近年、宗教シオニズム思想が広がっており、若い世代を中心に両者は部分的に重なり合ってきている。

占領地からの撤退を
暴力で阻止する過激勢力も

 1993年にオスロ合意が締結され、パレスチナとの和平プロセスが動き出すと、宗教シオニストのなかには占領地からの撤退を暴力で阻止しようとする過激勢力が現れた。

 そのうちの1人は1995年に、オスロ合意を締結した首相イツハク・ラビンを暗殺した若者である。犯人は裁判で「私に銃の引き金を引かせたのは、イスラエルの地を守ろうとする神の意志であり、私は神の法の前では無罪である」と主張し、暗殺を正当化した。

 ラビン暗殺事件のあと、犯人はごく一握りの突出した過激思想の持ち主で、ユダヤ社会全体とは無関係という見方と、「氷山の一角」のように水面下には過激思想を支える大きな思想潮流がある、との対立する見方があった。

 しかしその後の状況の推移から、「氷山の一角」説が的を射ていたように思える。

 たとえば、2005年にイスラエルがガザから撤退した際、ガザの入植者の一部は「約束の地」の一部であるとして撤去を拒み、強制退去させようとした軍の部隊に力で対抗しようとした。また上官が出す強制退去命令への不服従を兵士に呼びかける宗教指導者もいた。

『「世界を動かす宗教」講義』書影「世界を動かす宗教」講義』(池内 恵、PHP研究所)

 この2005年の強制退去問題はその後、イスラエル軍内部に宗教シオニズムがより広く浸透する事態を生み出した。歩兵の士官コースに占める宗教シオニストの割合は、1990年には2.5%だったが、2014年には40%に達したと推定されている。

 背景には宗教シオニズム各派が、入隊前の若者を対象とした兵士養成予備校を多数設立し、「約束の地」思想をしっかり身につけた卒業生を組織的に軍に送り込んでいることが指摘されている。

 宗教シオニズム各派がこうした学校を増やしたのは、「約束の地」の考えから2005年のガザ撤退を「過ち」と捉えたからだった。

 彼らは西岸からの撤退という同様の事態が起きないように、宗教シオニズム思想をしっかり身につけた若者を軍に送り込むことで、軍内部で大イスラエル主義が拡大する状況をつくり出していったのである。