この事例の場合、クマは親子で、シカの死体などを手に入れ、少しずつ食べるために「土饅頭」と呼ばれる死体に土をかけたものを作っていたようである。一方の人間のほうは複数人いて、登山中にその土饅頭に遭遇してしまったようである。母グマは子グマや自分の獲物を守ろうとして、本来なら非常に怒って当然なのだが、なぜか助かったという。人間のほうがたくさんいて大声を出したという状況で、母グマは子グマを守り、自分の食べ物を盗られなければいいと考え、威嚇しただけですんだのかもしれない。

 このように、クマとの遭遇の状況や、そのときのクマの反応は1件1件違うため、やはりクマに遭ったときの正解はないのである。心配なのは、たまたまうまく撃退できた動画などが拡散し、クマと対峙しても戦えばなんとかなると思ってしまう人間が増えることだ。

 どんなことが起きるかわからないのが自然界であり、実際にクマに遭ってしまったときに私たちができることはほとんどないことを考えれば、できるだけクマと不意に遭遇しないようにすることが最も効果的な対処法ということは言える。

 そして、それでも鉢合わせしてしまったら、誰にでもできて致死率や重傷化率を下げる方法となると、適切なクマ用撃退スプレーを適切な方法で使うか、地面にうつ伏せになった防御姿勢でなんとか助かることを祈るしかなさそうだ。

クマと至近距離で
遭遇しないことが第一

 改めてにはなるが、クマと出遭った際にできることは何もないと考え、クマと出遭わないことが、人身被害を発生させないための基本である。それでもクマに遭ってしまうことはあるため、それぞれの対処法を示す。ただし、クマに出遭ってしまったときの正解はないと考え、落ち着き、柔軟な対応が求められる。

 クマによる人身被害は、突然の至近距離での遭遇時に起きやすい。早朝・夕方(薄明薄暮)や見通しの悪い場所は、クマも人も互いを発見しにくい。

・生活圏および出かける先の地元自治体の出没・目撃情報を確認する。特に、例年と異なった場所や時期に出没や目撃がある場合には、予想外の場所でクマに遭遇する可能性がある。

・鈴・ラジオ・声・拍手といった音でクマに人間の存在を知らせる。特に雨の日や沢沿いなど音が消されやすい場所では、複数人で大声を出す、手を叩くといった、より積極的なアピールを組み合わせる。

・単独行動は避ける。クマとの死角となる藪際・沢沿い・林縁を警戒する。

それでもクマに遭遇して
しまったときの最終手段

書影『クマは都心に現れるのか?』(小池伸介、扶桑社)『クマは都心に現れるのか?』(小池伸介、扶桑社)

・クマが人間を攻撃する場合、捕食目的よりも驚き(自身の防衛、子連れ防衛、食べ物防衛など)のケースが多く、人間側の行動が攻撃の引き金になりやすい。

・基本は「逃げる・追う・近付く」を避け、状況に応じて落ち着いて距離を取る。

・遠くにいるクマを見つけた場合:まず距離を取り、静かにその場を離れる(刺激しない)。写真撮影や接近はしない(母グマがいたり、近くに確保した食べ物がある可能性)。

・近距離で遭遇してしまった場合:走らない(追跡を誘発する)、大声で威嚇しない/急に近付かない(驚かせない)。クマの様子を見つつ、ゆっくりと後退して距離確保(視界を保ちながら)。子グマが見えたら特に危険で、近くに母グマがいることが多い。

・人間の生活圏(庭・畑・通学路など)で遭遇した場合:基本的には上記と同じであるが、近くに家や車があれば中に避難する。