写真はイメージです Photo:PIXTA
地獄といえば、火の海に落とされ串刺しにされて焼かれるなどの責め苦が永劫に続く絵を思い浮かべる人が多いだろう。この世界観は、平安時代の僧・源信があえて恐ろしく描いたことから生まれたという。日本人の心に深く刻みこまれた地獄の成り立ちに迫る。※本稿は、宗教学者の島田裕巳『大乗仏教はなぜ日本人を魅了したのか』(扶桑社)の一部を抜粋・編集したものです。
キリストも釈迦も
終末を前提にしていた
宗教には「終末論」という考え方がある。よく知られているのはキリスト教の終末論である。
キリスト教のはじまりに位置するイエス・キリストは、十字架にかけられて殺されたが、墓に葬られて3日目に復活し、弟子たちなどの前に現れたとされる。その後、天に召されるが、最後の審判が下される際には、ふたたび地上に降臨し、正しい信仰を持つ人々を救うと信じられた。それがキリスト教の原点となる信仰であり、新約聖書の「ヨハネの黙示録」には、終末の光景が詳細に描かれている。
仏教における終末論が「末法思想」である。末法思想は最初、6世紀にインドで唱えられるようになった。インドで作られた大乗仏典のなかには、「末の世」という表現が登場する。末法思想をはっきりとした形で示した仏典としては、空の思想を核としてそこに密教の信仰を取り入れた『大方等大集経』(『大集経』)がある。
この仏典には、「我が滅後に於て五百年の中は解脱堅固、次の五百年は禅定堅固、次の五百年は読誦多聞堅固、次の五百年は多造塔寺堅固、次の五百年は我が法の中に於て闘諍言訟して白法隠没せん」とある。ここで言う「我」とは、釈迦自身のことである。







