総予測#79
Photo by Yoko Akiyoshi

2021年はドストエフスキー生誕200年に当たる。ロシアの文豪の作品を今どう読むべきか。特集『総予測2021』(全79回)の最終回では、作家の佐藤優氏がドストエフスキーの現代的意義について解説する。(寄稿/作家・元外務省主任分析官 佐藤 優)

「週刊ダイヤモンド」2020年12月26日・2021年1月2日合併号の第1特集を基に再編集。肩書や数値など情報は原則、雑誌掲載時のもの。

ソ連崩壊を暗示する書とされた
『カラマーゾフの兄弟』

 2021年はロシアの文豪フョードル・ミハイロビッチ・ドストエフスキー(1821年11月11日~81年2月9日)の生誕200年に当たる。この機会にドストエフスキーの現代的意義について考えてみたい。

フョードル・ミハイロビッチ・ドストエフスキー
フョードル・ミハイロビッチ・ドストエフスキー 1821年11月11日~81年2月9日。代表作は『罪と罰』『白痴』『悪霊』『カラマーゾフの兄弟』など Photo:ullstein bild Dtl./gettyimages

 ドストエフスキーが好んで読まれるのは、社会が不安定なときである。1987年に筆者は外交官としてモスクワに赴任した。当時、ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』の大審問官伝説が、ソ連崩壊を暗示する書として読まれていた。

 大審問官伝説とは、この長編小説に挿入された合理的知性の権化のような次男イワンの創作で、イエス・キリストが生誕した15世紀後(つまり1500年が過ぎているのだから16世紀)の南スペインに、復活したキリストの再臨と思われる青年が現れるという物語だ。この地では、自由に耐える力がない人類を救済するために独裁者である大審問官が統治している。大審問官は青年に対し、議論を挑み、また自らの行為について釈明するが、青年は沈黙を通す。最後に青年が大審問官に接吻する。接吻で大審問官は心を動かすが、これまでの信念を変えないという物語である。

〈その彼が自分の王国にやってくるという約束をして、もう十五世紀が経っている。(中略)でも悪魔だってそうそう昼寝ばかりしてたわけじゃない。人々のあいだに、そういった奇跡の信憑性に対する疑いが早くも生まれはじめたんだ。ドイツ北部に恐ろしい新しい異端が現れたのはまさにそのときだった。『松明(たいまつ)に似た、大きな星が』つまり教会のことだが、『水源の上に落ちて、水は苦くなった』ってわけだ〉(『カラマーゾフの兄弟2』亀山郁夫訳、光文社古典新訳文庫)。

 この世界の終わりは突然やって来るのだが、その前にしるしがあるとキリスト教では考える。その一つが「松明に似た、大きな星」なのである。

〈第三の天使がラッパを吹いた。すると、松明のように燃えている大きな星が、天から落ちて来て、川という川の三分の一と、その水源の上に落ちた。この星の名は「苦よもぎ」といい、水の三分の一が苦よもぎのように苦くなって、そのために多くの人が死んだ〉(「ヨハネの黙示録」第8章10~11節)。

 実はロシア語で苦よもぎをチェルノブィリ(чернобыль)という。