ナシーム・ニコラス・タレブの新作『身銭を切れ』が発売された。タレブといえば、『ブラック・スワン』でサブプライムローンの破綻を言い当てた人物、また舌鋒鋭くこの世の真理を突きつける「現代の急進的な哲学者」として知られるベストセラー作家だが、そもそもなぜタレブの言葉に多くの人が耳を傾けるのだろうか。不確実性についても詳しい経済評論家・佐々木一寿氏に、その理由を紐解いていただいた。第1回は、『ブラック・スワン』と不確実性だ。
VUCAの時代、私たちにタレブが必要な理由
昨今、VUCA(ブーカ)という言葉がバズワードとなっている。VUCAとは、Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)の頭文字を取った造語で、目まぐるしく変化する現代の不確実で予測不可能な様を指し示す言葉だ。
私は不確実性について経済学・経営学分野で長年研究しているが、講義やコンサルティングを通して実感しているところを卒直に言えば、不確実性について理解できている人はおそらくまだビジネスパーソンの5%にも満たないと思う。
なぜ不確実性を理解する必要があるのかといえば、不確実性を理解できなければ、その人は不確実性に翻弄される可能性が高いからだ。敵を知らなければ、対策はできない。
ここで、ナシーム・ニコラス・タレブの登場だ。不確実性に関する見識を持った人物として第一に名前が上がる人物こそ、タレブだからだ。彼の名前は知らなくても、彼の著作『ブラック・スワン』なら知っている人も多いだろう。
つまり、不確実性を理解するには、タレブを読み解き、理解できればそれが最上の方策なのだが、世界的なベストセラーにもかかわらず多くの人にとっては難解なのである。とくに日本人にとっては取っ付きにくいかもしれない。タレブのような人が日本にいないせいもあり、タレブの主張の前提がわかりにくいからだ。
そこで、タレブと不確実性を理解したいと思う読者に、タレブの著作群(タレブ自身は『インケルト―』と呼んでいる)が読みやすくなるイントロダクションをお伝えしたいと思う。
そもそも、「不確実性」とは何か?
タレブ自身もそうだが、不確実性の定量的な研究は主にファイナンス分野のリスク分析においてなされる。そもそも、その理論的枠組自体に由来する難しさがある。簡単に説明すると、一般に「リスク」という言葉はよく使われるが、そのリスクにもじつは種類があるのだ。
リスクは一般に、「ボラティリティ」と「不確実性」に分けられる。
「ボラティリティ」とは、確率があらかじめわかっている場合の出現度合いである。コイン投げ、サイコロの出目の確率などはこれに当たる。コイントスでは表が出るか裏が出るかは事前にわからないが、確率をどのくらいで期待できるかは分かるだろう。
「不確実性」とは、事前に確率分布が自明でない場合の出現度合いである。たとえば、新規事業の成功確率などがこれにあたる。「成功/失敗」のラインを引いたとして、それは二者のどちらかにはなるが、その確率はコイントスのようでないことはイメージできるのではないだろうか。
そして、これは重要なことだが、それぞれへの対処法は方法論としてかなり異なるのである。