
終戦から10年たった「ダイヤモンド」1955年1月1日号に、藤山愛一郎(1897年5月22日~1985年2月22日)が「日本の進むべき道」と題した原稿を寄せている。単なる戦後復興期の所感ではなく、これからの日本がいかにして成長するかの“設計図”を示した内容だ。藤山は当時、日本航空会長、日本商工会議所会頭などを務める財界を代表する論客であり、後に岸信介内閣の外務大臣として日米安保改定を担う人物でもある。2026年の視点から読み返すと、その的中ぶりと同時に、時代の本質を捉えた地政学的洞察に驚かされる。
藤山は「アジアの発展と日本の繁栄は不可分である」と断言する。植民地から独立したばかりの諸国が経済的自立を目指す過程への関与は、単なる援助や善意ではなく「それなくして日本の経済的独立も発展も考え得られない」と、日本自身の生存戦略として位置付けた。実際、その後の日本は技術供与やプラント輸出でアジアの工業化に関与し、その成長を市場として取り込むことで高度経済成長を実現した。
また、アジア諸国の工業化は「脅威」ではなく「機会」であるとも語っている。「援助しなくとも欧米がする、どのみち彼らは発展する」という論理は、保護主義的な産業防衛論への反論としても説得力を持つ。産業構造転換の予言も正確だった。「繊維から化学合成へ」「軽機械から重機械・精密工業へ」という提言は、高度成長期の軌跡をほぼ言い当てている。
藤山が示した「日本はアジアの成長とともに生きる」という戦略は、中国の「一帯一路」、インドの台頭、ASEAN(東南アジア諸国連合)の経済成長といった現代の構図においても有効なものだ。「政府は明確な経済政策をアジア視野で立案せよ、無為無策は百年の大計を誤る」という警告はとりわけ重い。
1990年代以降、中国・韓国の台頭と東南アジアの急速な工業化の中で、日本が戦略的ポジションを維持できたかと問われれば、答えに窮する。「失われた30年」と呼ばれる経済停滞は、まさに藤山が恐れた「無策」の帰結だったのではないだろうか。(敬称略)(ダイヤモンド編集部論説委員 深澤 献)
藤山は「アジアの発展と日本の繁栄は不可分である」と断言する。植民地から独立したばかりの諸国が経済的自立を目指す過程への関与は、単なる援助や善意ではなく「それなくして日本の経済的独立も発展も考え得られない」と、日本自身の生存戦略として位置付けた。実際、その後の日本は技術供与やプラント輸出でアジアの工業化に関与し、その成長を市場として取り込むことで高度経済成長を実現した。
また、アジア諸国の工業化は「脅威」ではなく「機会」であるとも語っている。「援助しなくとも欧米がする、どのみち彼らは発展する」という論理は、保護主義的な産業防衛論への反論としても説得力を持つ。産業構造転換の予言も正確だった。「繊維から化学合成へ」「軽機械から重機械・精密工業へ」という提言は、高度成長期の軌跡をほぼ言い当てている。
藤山が示した「日本はアジアの成長とともに生きる」という戦略は、中国の「一帯一路」、インドの台頭、ASEAN(東南アジア諸国連合)の経済成長といった現代の構図においても有効なものだ。「政府は明確な経済政策をアジア視野で立案せよ、無為無策は百年の大計を誤る」という警告はとりわけ重い。
1990年代以降、中国・韓国の台頭と東南アジアの急速な工業化の中で、日本が戦略的ポジションを維持できたかと問われれば、答えに窮する。「失われた30年」と呼ばれる経済停滞は、まさに藤山が恐れた「無策」の帰結だったのではないだろうか。(敬称略)(ダイヤモンド編集部論説委員 深澤 献)
戦前の世界と今日の世界の
あまりに大きな違い
映画「心の旅路」ではないが、いまもし第2次世界大戦の始まる直前に、何かの原因で意識を失った人がいて、再びいまの時代に、その失った意識を取り戻したとするならば、その人は恐らく戦前の世界と、今日の世界との違いのあまりにも大きなことに驚くことであろう。
過去においても、大きな戦争の終わった場合、種々の変化がその後の社会の上に起こったものであるが、しかし今度の第2次世界戦争による変化くらい世界的規模において大きな変化の起こってきたことは、いまだかつてないことなのである。
「ダイヤモンド」1955年1月1日号
航空機が今日完全に実用化され、日常の運輸の普通の手段となって、世界を実質的に狭くしたことなぞ、真に大きな変化の一つである。しかしそれにも増して原水爆弾の発明が完成せられ、その製造が進むに至ったという事実は、あらためてこれからの世界の人の心の思考の上に大きな影響を与え、戦争というものに対する新しい角度からの反省を促すことにさえもなったことなのである。
このことなぞは、夢にも考えなかった大きな変化なのであって、思想の上にも社会の上にも世界史的な変化をもたらしたものである。またその原子力の平和的利用の道がこれからさらに進むことになるとするならば、ワットの蒸気力発見による第1次の産業革命以上の大きな第二の産業革命が起こることになるのである。その結果、新しい経済社会が生まれることが考えられるのである。







