日本を創った57人の経営者写真:国立国会図書館/AI Generated/Gemini

いま私たちが当たり前だと思っている日本の企業の姿や、働き方、組織の常識は、最初にそれを形作った設計者や実装者がいる。連載『日本を創った57人の経営者』の本稿では、コンクリートジャングルと呼ばれる都市の姿をつくり、東京から横浜までの沿岸を埋め立てて京浜工業地帯を築き上げた浅野総一郎を取り上げる。渋沢栄一などに見いだされた「無から価値を生む」天才だった。(ダイヤモンド編集部論説委員 深澤 献)

セメントの原料・石灰石は
国内自給率100%の資源?

 丸の内のオフィス街を歩いていると、ふと不思議な感覚にとらわれることがあります。「都会って硬いなあ」と。

 ガラス張りの高層ビルも、地下を走る鉄道も、湾岸の埋め立て地も、全て同じ素材に支えられています。コンクリートです。

「コンクリートジャングル」とは言い得て妙で、私たちはこの“硬い街”を当たり前の風景として受け止めています。

 では、都市の硬さはいつ、誰の手によって、ここまでのものになったのでしょうか。

 実はほんの150年ほど前まで、東京はまったく別の都市でした。建物の大半は木造で、火事とともに成長し、地震とともに崩れる街だったのです。明治以降、日本は火災と震災を繰り返し経験する中で、「燃えない街」「崩れない街」を切実に必要とするようになりました。その答えが、木に代わる“人造石”――セメントでした。

 セメントの原料は石灰石です。石灰石とは、サンゴや有孔虫などの生物の遺骸が海に堆積してできた天然鉱石で、日本で数少ない国内自給率100%の資源です。鉄や石油のように海外に依存せず、国土の地下に眠る資源から都市をつくれる。この素材をまちづくりの基礎に据えることは、当時の日本にとって極めて理にかなった選択でした。

「廃棄物ビジネス」で
這い上がった「損一郎」?

浅野総一郎あさの・そういちろう
1848年4月13日生まれ、1930年11月9日没
富山県から23歳で上京し、砂糖水売り、竹皮の仕入れ販売、石炭・コークス販売などを転々とした後、官営の深川セメントエ場の払い下げを得て実業家として出発。安田善次郎や渋沢栄一の支援の下、セメント、海運、鉄鋼、埋め立てなど多岐にわたる事業を展開し、一代で浅野財閥を築き上げた。「セメント王」「京浜工業地帯の父」と称される。 写真:国立国会図書館/AI Generated/Gemini

 東京を「燃えない街」「壊れにくい街」へと変えるため、都市の基盤にこの“新素材”を供給し続けた一人の実業家がいました。

 浅野総一郎。明治・大正期を駆け抜け、日本のインフラを文字通り「素材」からつくり替えた男です。

 浅野は1848年、富山の貧しい商家に生まれました。その若き日はまさに、失敗の連続でした。15歳で商売を起こすもことごとく失敗し続け、「損一郎」との悪名を取ります。入り婿先の庄屋からも追い出され、23歳のとき夜逃げ同然で上京します。

 東京での浅野は、夏はお茶の水の名水に砂糖を加えた1杯1銭の砂糖水を、冬は本郷の赤門前で温かいおでんを売り、ようやく成功を手にします。そして、その利益を元手に次に始めたのが、「廃棄物ビジネス」でした。

 農家が捨てた竹の皮を贈答用の包装材として売るなど、「他人の捨てたごみ」を再利用することに目を付けたのです。その他、横浜市内に公衆便所を設置して、そこから人糞を収集して肥料として売りさばいたりもしました。

 この「価値のないものを価値に変える」あるいは「無から有を生み出す」というのが、浅野の真骨頂であり、その後の実業家人生の核となっていきます。

 やがて炭や薪、石炭などを販売する薪炭商に事業を拡大していく中、浅野は横浜市のガス工場から出る燃えかすの「コークス」に目を付けます。これをタダ同然で仕入れ、セメント製造の際の燃料として「官営深川セメント製造所」に売り込んだのです。1873年のことでした。

 ここで新たに興味を持ったのがセメントという“新素材”でした。先述したように、セメントの原材料である石灰石は、国内に無尽蔵ともいえるほど豊かに存在します。「無から価値を生み出す」ことに長けた浅野のアンテナにビビッと引っ掛かったのでしょうね。原料コークスを納めるだけでなく、原料となる石灰石を運ぶ作業員として工場で働きながら、セメントについて学ぶようになります。

 浅野はこの後、渋沢栄一や安田善次郎といった明治の財界の大物たちを味方に付けて「セメント王」にのし上がっていきます。また、東京から横浜にかけての広大な湾岸地域を埋め立てて、京浜工業地帯という国内有数の製造業の集積地をつくり上げます。次ページでは、一介の砂糖水売りが、いかにして近代的都市の建設に寄与し、巨大消費市場を支える工業地帯の建設というとてつもない“大仕事”まで成し遂げたのか、その実像に迫ります。